日本経済浮沈の鍵を握る「大企業の変革」。新規事業の立ち上げやイノベーション促進など新たな挑戦が続き、丸の内エリア(大手町・丸の内・有楽町)ではオープンイノベーションプラットフォーム「TMIP*」がそれらを強力に後押ししている。今年2回目を迎える「TMIP Innovation Award」(大企業発新規事業創出 表彰制度)連動企画として、大企業変革の現在地と、成功に導くためのヒントを探る。
*TMIP(Tokyo Marunouchi Innovation Platform)
丸の内エリアに集積している大企業を中心としたプレーヤーの力と都市の力を、パブリックな立場から組み合わせ、インパクトのある事業創出を目指すオープンイノベーションプラットフォーム
日本の大企業からはイノベーションが生まれにくいと言われる。はたして大企業は変わり、変革の担い手となれるのか。経営学者、新規事業家、TMIPの代表と立場の異なる専門家の鼎談ていだん鼎談から見えた、課題解決の糸口とは——。
入山章栄氏(以下、入山氏):今、日本のスタートアップの多くはメルカリという成功事例を追いかけています。しかし、大企業の新規事業となると、モデル足りうる成功事例がまだ生まれていない印象です。大企業の現在地をどうご覧になりますか。
守屋実氏(以下、守屋氏):変革の機運はかつてないほど高まっていますが、うまく変わりつつある大企業と、まだ迷っている大企業、変わるポーズだけをしている大企業とが混在していますね。そして、変わりつつある企業と迷っている企業の違いは、“野武士”が活躍しているかどうかです。
島田映子氏(以下、島田氏):野武士とはすなわち、既存事業の論理に縛られずに考え、動ける人ですね。居心地の良い場所に甘んじることなく、飛び出す勇気と行動力に満ちた野武士は、どの大企業にもいるのでしょうか。
守屋氏:います。すっかり本業に慣れ、らしさを失っている可能性はありますが、大企業で働いているくらいですから本来非常に優秀なはずです。
入山氏:しかし、野武士は現場にしかいなければ空回りしますし、経営層にしかいなければ現場は戸惑うばかりです。
守屋氏:ですから、3つの異なる階層に1人ずつ野武士が必要なのです。つまり、承認を下すトップと、事業をけん引するリーダー、そして現場のプレーヤーですね。各レイヤーごとの野武士を直列につなげば、新規事業は急速に回り始めるはずです。最初の1人は生まれにくいので、外部の力も活用したいですね。
島田氏:2023年実施の第1回「TMIP Innovation Award」受賞者の方からは、不安を感じながら始めた事業が表彰されたことで社内の空気が変わり、進めやすくなったとも聞いています。
入山氏:まずは社外でお墨付きをもらえば、組織に風穴を開けやすくなりますね。
守屋氏:空気の次は仕組みです。新規事業と呼ばれる事業は本業とは異なります。であるならば、事業計画も財務も人事も、本業のそれらとは全く異なって当然で、ミドルリスク・ミドルリターンで取り組める環境をつくることもできるはずなのです。例えば、新規事業による売り上げを給与に上乗せするというのも一手です。
入山氏:野武士といえども、情熱だけで新規事業に取り組み続けるのはつらいですからね。まだ成果の出ていない“過程”にあるものを評価する仕組みがないと、「あんなに投資しているのにまだ赤字か」などと言われたりする。
守屋氏:成功させればそれに見合った報酬があると思えば耐えられますよね。しかも、金銭的なインセンティブがあれば、たとえ上から命じられた業務に対してもおのずとオーナーシップが芽生えます。このオーナーシップこそが成功を左右するのです。
入山氏:スタートアップなどとのオープンイノベーションも、大企業の大きな関心事です。
島田氏:TMIPは丸の内エリアを拠点に、大企業とスタートアップ、産官学街をつなぐオープンイノベーションプラットフォームです。昨年初開催したアワードでは、TMIPコミュニティを通じて、受賞5事業のうち3事業が半年のスピードで共創へ進んでいます。
入山氏:エリアとしてはどのような特徴があるのでしょうか。
島田氏:ゲームチェンジャーが生まれやすい環境です。丸の内エリアには大企業を中心に約5000の事業所がありますし、スタートアップも、IT系だけでなくディープテックも集まっています。
守屋氏:社会により大きな変革をもたらすオープンイノベーションの土壌ですね。
入山氏:この観点でも、他社がまねたくなる成功事例は丸の内エリアから生まれそうです。今年12月に表彰式がある第2回「TMIP Innovation Award」では守屋さんも私も審査員を務めますが、今から楽しみです。
守屋氏:一般的に、オープンイノベーションには大企業による「やるやる詐欺」、スタートアップによる「できるできる詐欺」がつきものですが、これは大企業側が解像度を上げれば回避可能です。例えば「SDGsに取り組みたい」ではなく、「もっと低照度でも発電したい」というように具体化すれば、スタートアップ側もその大企業と組むべきか判断しやすくなる。ミスマッチが減ることで、エコシステムが機能し始めるのです。
入山氏:イノベーション・エコシステム活性化の鍵は「大企業の変革」にありますね。スタートアップやVC、行政や研究機関など多岐にわたるプレーヤーの中でもとりわけ豊富なリソースを持ち、社会に対して大きなインパクトを与えうる存在ですから。
日経ビジネス2024年8月26日号に広告掲載