新規事業への挑戦を共に、TMIPが目指すイノベーション・エコシステムの未来——6期目を迎え、新体制となったTMIPが年度報告会を開催

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2024年5月31日、TMIPは2024年度報告会を開催。未来のイノベーション・エコシステム形成に向けて、早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール 教授の入山章栄氏と新規事業家の守屋実氏をゲストに迎えたキーノートセッションをはじめ、2023年度の活動報告やTMIP会員による活動紹介が行われました。

これからのイノベーション創出には何が必要になるのか。大企業、スタートアップ、産官学を問わずさまざまなプレイヤーとの共創を加速させるために、報告会で語られたTMIPの「今まで」と「これから」をレポートします。

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●INDEX
大企業に必要なのは、「“野武士”をつなぐこと」
スタートアップとの共創を加速させるために、大企業ができること
プロフェッショナルの知見と同志が持つ「熱」と共に、プロジェクトを生み出し、推進する
TMIPでの「出会い」が、イノベーションを加速させる

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大企業に必要なのは、「“野武士”をつなぐこと」

本イベントでは、「大企業の挑戦とイノベーション・エコシステムの未来」と題されたキーノートセッションが開催された。登壇したのは、早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクールで教授を務める入山章栄氏、新規事業家の守屋実氏、TMIP代表理事・島田映子の3名です。

セッションの冒頭、島田は大丸有(大手町・丸の内・有楽町)エリアの現状を共有しました。

現在(2024年6月)、大丸有エリアで働く人の数は35万人にのぼり、日本の上場企業2,550社のうち、118社がこのエリアに本社を置いています。また、全世界の企業を対象とした総収益ランキングである「フォーチュン・グローバル500」にランクインしている企業が21社存在しており、この数はニューヨーク市全体を上回ります。

TMIPが挑むのは、そんな大丸有エリアのハードのみならずソフト面をアップデートし、このエリアを「オープンイノベーションフィールド」へと変貌させるためのチャレンジです。

島田「私たちはGlobal Business Hub TokyoInspired.Labなど、スタートアップや大企業の新規事業部門のみなさんが集うコワーキング施設を、大丸有エリアにおいて5施設運営しています。そして、TMIPのようなコミュニティ運営にも力を入れることで、このエリアからさまざまな新規事業とイノベーションを生み出していきたいと考えています。

これは当然1社の力だけで成し遂げられることではありません。産官学を問わずさまざまなプレイヤーを巻き込みながら、丸の内ならではのイノベーション・エコシステムをつくり上げていきたいと考えています」

一般社団法人 TMIP代表理事 島田映子

続いて、本セッションのモデレーターを務めた入山氏から守屋氏に向けて「日本の大企業におけるイノベーション創出の現在地」を問う質問が投げかけられました。守屋氏は「日本企業のイノベーション創出に向き合う姿勢が大きく変わろうとしていることを感じている」とした上で、このように続けます。

守屋氏「全体としては大きく変わり始めたと感じていますが、各社間の差も大きいと感じています。『うまく変化している企業』と『変わろうとしているものの、なかなかうまく変われていない企業』、そして『ポーズだけを取って、変わる気がないように見受けられる企業』が混在しているのではないでしょうか」

新規事業家 守屋実氏

守屋氏の言葉に対して、「変わる気がない企業はさておき、『うまく変われている企業』と『変わりたいけど変われない企業』の間にはどのような差があり、どうしたら変われるのでしょうか」と入山氏が質問を重ねました。

守屋氏「新規事業を『既存事業から切り離せるか否か』が鍵になります。当たり前のことではありますが、新規事業と既存事業はまったくの別物ですよね。したがって、新規事業の事業計画や組織計画は、既存事業のそれらとは独立させるべきです。

しかし大企業においては、そうは問屋が卸さない。こと上場企業は単年度会計で、四半期毎に業績を開示しなければなりません。ですから、本来既存事業とは切り離すべき新規事業が、既存事業からの『縛り』を受けてしまっていることが多いんです。場合によっては、新規事業が既存事業の『一部分』になってしまっていることもある。こうなってしまっては、新規事業は絶対にうまくいきません。

では、この状態をどう打破すればいいのか。私は『経営層』『(新規事業を牽引する)リーダー層』『現場』の3階層それぞれに、既存事業の論理に縛られずに考え、動ける人、すなわち“野武士”のような人材を配置し、異なるレイヤーでそれぞれの役割を担う“野武士”たちをを直列につなぐことが重要だと考えています」

 

スタートアップとの共創を加速させるために、大企業ができること

TMIPアドバイザーの顔も持つ入山氏は、「僕らは丸の内を『オープンイノベーションの拠点』にしたいと考えています。大企業とスタートアップが同じエリアに集い、共創することについて、守屋さんはどのような見解を持っているか」と尋ねます。

早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール 教授 入山章栄氏

守屋氏「とても可能性があると思っています。ただし、注意しなければならないことが2つある。大企業の『やるやる詐欺』とスタートアップの『できるできる詐欺』です。『(スタートアップとの新規事業の共創を)やるやる』と言いながらも本業優先・新規劣後で結局動けない大企業と、積極果敢に『できるできる』と言いながらも、実際に大企業との取り組みが始まると、求められる負担の多さに根を上げるスタートアップが存在し、このような存在がオープンイノベーションの芽を摘んでしまうわけですね。

ただし、スタートアップが『できるできる詐欺』をしてしまう理由の一端は、大企業にあると思っています。というのも、多くの場合、大企業の新規事業案の解像度が低すぎるんですよね。『少子高齢化の解決に寄与する事業がやりたい』とか『SDGsに関連する事業だ』といった抽象度で新規事業を考えている場合が多いので、スタートアップからは『何か貢献できることがある』ように見えてしまう。

大企業が新規事業に対する解像度を上げれば、もっとオープンイノベーションは進むと思っています。具体的に『このような事業がやりたいから、こういった技術を持っているパートナーが欲しい』と言えば、自信を持って手を挙げるスタートアップが現れるはず。そうやって、オープンイノベーションにおけるミスマッチを減らすことが重要だと考えています」

ここで、入山氏は「聞いてばかりでは自分の考えが整理できない。ぜひ近くに座っている方とここまでの話を踏まえて意見交換をしてほしい」と呼びかけました。

スタートアップやVC、あるいは行政、大学を含めた研究機関など、イノベーション・エコシステムはさまざまなプレイヤーによって構成されています。無論、そのどれもが重要な要素ではあるが、とりわけ豊富なリソースを持ち、その一挙手一投足が社会に対してインパクトを与えうる大企業が果たす役割は大きい。「大企業の変革」こそが、イノベーション・エコシステムのさらなる活性化を実現するための、重要なファクターとなるのではないでしょうか。

会社の垣根を越えた活発なディスカッションが展開された

 

プロフェッショナルの知見と同志が持つ「熱」と共に、プロジェクトを生み出し、推進する

キーノートセッションに続いては、TMIP事務局の奥山博之が今後の方針と2023年度の活動を報告しました。

「今後も国内最大級の新規事業創出プラットフォームとして、イノベーション創出に寄与するという大方針は変わらない」と奥山は言います。しかし今年度、TMIPはその“形”を変えました。

奥山「よりイノベーション創出にコミットしたいという思いから、TMIPは2024年4月1日一般社団法人化に踏み切りました。

TMIPは273の企業・団体が加入するコミュニティとなり、このペースでいけば今年度中には300を超えるのではないかと予想しています。これからは一法人として、みなさまの共創とイノベーション創出に伴走していきたいと考えておりますので、引き続き何卒よろしくお願いいたします」

TMIP事務局 奥山博之

そんなTMIPは、昨年度どのような活動を実施してきたのだろうか。奥山は3つのプロジェクトを共有しました。

1つ目は「シリコンバレー」をキーワードに展開している一連の取り組みです。

新たな事業の種を求めて、シリコンバレーに従業員を派遣する企業は少なくありません。しかし帰国後、シリコンバレーで得たネットワークやノウハウを生かすことができていないという課題に直面している方は多く存在します。TMIPは、そんな課題を抱える方々をつなぎ、シリコンバレーでの経験をイノベーション創出に結びつけるためのプロジェクトを実施。昨年度、複数回のイベントを開催しました。

 

■参考記事

シリコンバレー赴任者が経験を活かす「コミュニティ」を立ち上げ──TMIPシリコンバレーコミュニティ

東京・丸の内を、日本のシリコンバレーに——駐在経験者の熱量と経験を、イノベーション創出につなげる。TMIPシリコンバレーコミュニティの挑戦

日本の真逆、シリコンバレー駐在員が見たイノベーションを生み出す「常識」。失敗するのは当たり前、共通コミュニティーの存在が原動力になる

 

また、「会員さまがご自身で仲間を募り、共にプロジェクトを立ち上げた事例」として奥山が紹介したのが、リコーとセールスフォース・ジャパンによる取り組みです。TMIPでは、会員に共創のノウハウなどを提供するための場だけではなく、会員同士が「つながる」ための仕組みを用意。リコーとセールスフォース・ジャパンはこの仕組みを活用してつながり、共創活動を展開。

具体的には、「誰も取り残さない社会」の基盤となり得る、「アクセシビリティ(近づきやすさ、利用しやすさ)」をテーマとした事業創造に挑んでおり、その第一歩として2024年1月にはイベントを共催しました。

そして3つ目が、自治体への価値提供に挑んだプロジェクトです。参加したのは、フォレストデジタル、JTB、三菱地所の3社。

観光産業を盛り上げるため、その土地の魅力を発信したいと考えているものの、なかなか思うような成果が得られない、という課題を抱えている地方自治体は多数存在します。北海道の南東部に位置する浦幌町もそんな自治体の一つです。

フォレストデジタル、JTB、三菱地所の3社は、そんな浦幌町が抱える課題を解決するためのプロジェクトを立ち上げ、2024年2月に計12日間にわたって、三菱ビル1階 「Have a Nice TOKYO!(HaNT)」にて「十勝に行こう!『なつかしさと新しさが混じりあう』浦幌町から十勝の魅力をお届け。」を開催。東京・丸の内にいながら、空間型VRを活用して十勝地方と浦幌町の魅力を体感できるイベントをつくり上げました。

その他にも、TMIPでは企業・団体の垣根を越えたさまざまなプロジェクトが生まれています。奥山は「今日ご登壇いただいた入山先生や守屋さんなど、事業創造のプロフェッショナルからアドバイスをもらいながらプロジェクトを推進できる環境がTMIPにはあります。ぜひ、この環境を生かしながらイノベーション創出に挑んでいただければと思います」と語りました。

今年度に予定している取り組みとして、第2回「TMIP Innovation Award」の開催決定もお知らせしました。2023年、TMIPは大企業を対象として「社内外の壁を越えて新たな価値・事業創出に取り組んでいる優れた事例」を表彰する「TMIP Innovation Award」を立ち上げ、同年11月30日に最終ピッチイベント兼表彰式を開催。

50事業のエントリーを集め、盛況のうちに幕を閉じた同アワードが、今年も開催されることが決定しました。エントリー受付は、2024年9月に開始する予定です。第1回に引き続き、入山氏と守屋氏に審査員を務めていただきます。

熱い思いが込められた事業が集うこと、そしてみなさまからエントリーいただけることを、事務局一同、心から楽しみにしております。

 

■参考記事

大企業発の新規事業を加速させる、「発信」と「つながり」のプラットフォームへ──TMIP Innovation Award立ち上げの軌跡と展望

革新は次の時代の本業へ。大企業発の新規事業に挑む——第1回「TMIP Innovation Award」表彰式を開催

【初開催】大企業における‟新規事業創出”を表彰「TMIP Innovation Award」。最優秀賞は京セラ「matoil(マトイル)」〜エントリー総数50事業、優秀賞5事業の最終ピッチにて決定〜

 

TMIPでの「出会い」が、イノベーションを加速させる

次に登壇したのは、TMIPを活用し、実際にオープンイノベーションに取り組んだ会員のお二人です。

まず登壇したのは、竹中工務店の安藤邦明氏。同氏は竹中工務店の技術研究所に籍を置いており、開発技術の社会実装を目的とした共創活動を推進するため、Inspired Labに設置された同社の「外部との共創拠点」であるCOT-Lab®大手町に所属しています。

株式会社竹中工務店 安藤邦明氏

竹中工務店は「まちづくり総合エンジニアリング企業」として、建築以外の事業領域における事業開発を進めており、安藤氏は「建築の周辺領域に事業を拡大させていくためには、オープンイノベーションを進める必要がある」とします。そして、COT-Lab大手町®などのスペースを拠点に、さまざまな企業との共創を推進していることを紹介しました。同社が特に力を入れているのが「持続可能な建築・まちづくり」であり、その一環として推進しているのが「生物多様性の向上に貢献するプロジェクトや技術開発」です。

TMIPにおいても、2023年4月から約2ヶ月にわたって「生物多様性」をテーマにしたイベントが開催されました。市民参加型の生物調査イベント「丸の内いきものランド」です。このイベントはスタートアップ会員であるバイオームと、三菱地所、そして竹中工務店などの協賛企業によって生み出されました。

安藤「竹中工務店は、協賛という形でこのイベントに参画し、参加者のみなさんが挑む『クエスト』の一つを企画しました。私が技術研究所に所属していることもあり、竹中工務店が開発した独自の技術を生かしたクエストを提案しました。

クエストに活用したのは、外の温熱環境の心地良さを「ソトワーク指数®」として算出し、ビルの中にいる人のスマホやビルの共用部のデジタルサイネージへ指数情報を提供することで、屋外を有効活用するワーク/ライフスタイルをサポートする『ソトコミ®』というソリューションです。

この技術とバイオームさんが提供するいきものコレクションアプリ『Biome』を掛け合わせて、『快適で涼しい場所にいる生物』を探すようなクエストをご提案し、みなさんに楽しんでいただきました」

このイベントをきっかけに竹中工務店とバイオームは連携を強め、現在は「都市緑地の経済的・社会的価値の評価」に関するプロジェクトを立ち上げ、共に推進しているといいます。TMIPでの出会いが共創の起点となった好例と言えるでしょう。

 

■参考記事

「丸の内いきものランド」開幕!東京丸の内でスマートフォンアプリを用いた市民参加型の生物調査を開始

東京・丸の内から、生物多様性を考える——大企業とスタートアップの連携で実現したプロジェクト「丸の内いきものランド」の裏側

 

安藤氏につづいてマイクを握ったのは、京セラの谷美那子氏です。同氏は2021年10月、京セラの新規事業アイディアスタートアッププログラムの第一弾として、現在事業検証中の食物アレルギー対応サービス『matoil』を立ち上げました。

食物アレルギーの子どもを持つご家庭向けのミールキットの販売や、子ども向けのオンライン料理教室の開催を通し、誰もが食べたいもの・食べられるものに出会い、食事を選べる「ソーシャル・インクルージョン(社会的包括)」の実現を目指す『matoil』。谷氏は「特定の食べ物が『食べられないこと』そのものというより、食べられないことによってアレルギーを持つ当事者やそのご家族が『さまざまな機会が失われてしまうこと』、そして『疎外感を感じてしまうこと』が問題だと考えている」と、背景にある問題意識を語ります。

そのような思いから、修学旅行生などを対象にしたお弁当提供サービスなどを展開してきた谷氏。その対象は徐々に拡大を続けており、TMIP Innovation Award受賞事業の共創プロジェクトとしてTMIPコミュニティを活用し、2024年5月30日から丸の内で働くオフィスワーカーに向けてお弁当が販売されることが発表されました。

丸の内エリアでお弁当を提供することについて、谷氏は大きな可能性を感じていると話します。

谷氏「東京駅は移動の起点と言ってもいい場所です。多くの修学旅行生はもちろんのこと、海外からの旅行者のみなさんも東京駅を利用しますよね。そんな東京駅を含む丸の内エリアでサービスを提供することは、よりたくさんの人に価値を届けられるきっかけになると思っています。

また、TMIPからの紹介で、丸の内エリアで冷蔵ロッカーを運営している企業の方と出会うことができました。つないでいただくまでは冷蔵ロッカーが存在していることすら知らなかったので、とてもありがたかったですし、さまざまな企業のみなさんと協力することで、サービスの可能性が大きく広がることを実感しています」

京セラ株式会社 谷美那子氏

『matoil』は第1回「TMIP Innovation Award」において最優秀賞を受賞。受賞後の変化について、谷氏はこう明かしました。

谷氏「京セラの既存事業とはまったく異なる事業内容でもありますし、事業として独り立ちしていないこともあり、しばらくの間は不安を感じながら事業を運営していたんです。もちろん、社長をはじめとして多くの方が理解してくれていたからこそ、事業を続けられたのですが、やっぱり堂々とはできませんでした。

しかし、『TMIP Innovation Award』で最優秀賞を受賞したことによって、私自身が事業の価値を改めて確信することができましたし、何より社内からの『目線』が変わったことを感じました。いまではずいぶん事業推進がしやすくなったと感じています」

 

■参考記事

当事者「だからこそ」の思い込みを捨て、真にユーザーに寄り添うサービスを生み出す──第1回「TMIP Innovation Award」最優秀賞:京セラ株式会社『matoil』

 

キーノートセッションを含む年度報告会/方針説明会の後には、軽食とお酒を交えたネットワーキングパーティーを開催。会場の至るところで、新規事業にまつわるディスカッションを交わしたり、アドバイザーのみなさんに相談をしたりする様子が見受けられました。

大きな盛り上がりを見せたネットワーキングパーティー。ここでの出会いが、きっと新たな共創とイノベーション創出につながる——そんな予感に満ちた場となりました。

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