企業はいかにアクセシビリティ向上とビジネス成長を両立させるか?ソニーグループ、ミライロ、方角3社の事例からみるイノベーションのヒント

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TMIPには、会員企業・パートナーが主体となり、社会課題や技術などテーマごとに情報共有や意見交換をする「イノベーションサークル」があります。現在、新たに「アクセシビリティ」をテーマにしたイノベーションサークルの立ち上げを検討しています

2024年1月、そのプレキックオフイベントとして、株式会社リコーと株式会社セールスフォース・ジャパン、TMIPの共同で『アクセシビリティ×イノベーション〜社会課題解決とビジネス創出の両立を目指して〜』を開催しました。

ゲストには、「アクセシビリティ」というテーマに向き合い事業や商品を展開している、ソニーグループ株式会社と株式会社ミライロ、株式会社方角をお招きしました。

本イベントでは、各社の事例から「アクセシビリティをテーマにした事業創出のヒント」や、「社会課題解決とビジネス創出の両立の可能性」について探りました。

当日は聴覚障害をお持ちの参加者もいらっしゃり、株式会社リコーの聴覚障がい者向けコミュニケーションサービスPekoe(ペコ)を資料と同時に表示して、リアルタイムに情報保障を行いました。

「誰一人取り残さない社会」をつくるためのアクセシビリティ

2015年に設定された、持続可能な開発目標「SDGs」。そこでは「誰一人取り残さない社会」という理念が掲げられています。その社会の実現に向けて、いま多くの企業から注目を集めているのが、本イベントのテーマである「アクセシビリティ」です。

アクセシビリティ(Accessibility)とは、英語で「利用しやすさ」「近づきやすさ」などを意味する言葉。ビジネスにおいては、本来の意味から派生して「商品やサービスを利用できること」を指して使われています。

アクセシビリティが実現できていない状況では、障害のある方だけではなく、高齢者や日本語での生活が難しい外国人の方などは、サービスが利用しにくい状態になります

アクセシビリティが担保されるべき方々は、決して少数ではありません。今後このような多様なバックグラウンドを持つ方々が、施設やサービスから製品、システムに至るまで円滑に利用できるようにするために、アクセシビリティの普及は必要不可欠。

冒頭では、イベントの主催企業を代表して株式会社セールスフォース・ジャパンの増田 拓也氏が、アクセシビリティをテーマにした本イベントの開催背景について話しました。

増田氏「現在日本では、令和641日から事業者による合理的配慮の提供義務化を例とした『障害者差別解消法』が施行されるように、法令や政策、事業者による活動等を通じてアクセシビリティを推進する取り組みが進められています。

一方で海外に目を向けるとアクセシビリティは福祉の観点においてだけでなく、ビジネスの観点においても推進されています。例えば、視覚障害者に向けた『点字』の包装をしている商品や、車椅子の利用者に向けた『バリアフリー』の客室があるホテルなど、これらは制約のある方のニーズを汲み取り開発された商品やサービスです。

それらを展開する企業は、実際に『アクセシビリティの推進』をビジネスにおける戦略の一部として位置づけて商品やサービスを提供することで、ビジネスを成長させています。

私たちは、『誰一人取り残さない社会』の実現に向けて、福祉の観点そしてビジネスの観点の両輪で『アクセシビリティ』を考えるべきではないかと思います。またそのためには、デジタル技術の活用やイノベーションの創出が必要不可欠ではないかと考えています。

一方で、事業者にとっては事業の成長性や収益化に対する不安があり、実際踏み出しきれない方が多いのも事実です。このような背景から『アクセシビリティをテーマにした事業創出』に関心のある方々に向けて、今回のイベントを開催することにしました」

イベントはハイブリッドで開催。会場には多くの参加者が集まった

3社の事例からみる「アクセシビリティ×ビジネス創出」のヒント

続いて、アクセシビリティというテーマに向き合いながら、サービスや事業を展開する3社が登壇。各社のプレゼンテーションから「アクセシビリティを通したイノベーション」について考えていきます。

まず登壇したのは、ソニーグループ株式会社サステナビリティ推進部 アクセシビリティ&インクルージョングループ ゼネラルマネジャーの西川 文氏です。同社は、アクセシビリティに配慮した製品を多数開発しています。

例えば、ソニーのスマートフォン『Xperia™』。同製品の最新機種『Xperia 1 V』、『Xperia 5 V、撮影補助機能として「音で通知する水準器」を搭載しており、スマートフォンが傾いた時や水平になった時に音で通知をすることで、ユーザーが画面を見なくとも傾きが分かるようになっています。

他にも、肢体不自由のゲーマーも快適にプレイができるよう作られたPlayStation®5用『Access™コントローラー』や、軽度/中等度難聴者が処方箋なしで購入できる『OTC(Over the Counter)補聴器』(米国市場のみ)などを展開。

これらの製品開発のポイントには、「すべての人が自分らしく、感動を分かち合える未来」を目指す同社が取り入れている「インクルーシブデザイン」があります。

ソニーグループ株式会社 西川 文氏

西川氏「私たちの製品は『インクルーシブデザイン』を積極的に取り入れています。インクルーシブデザインとは『アクセシビリティを必要とする障害者や高齢者など制約があるユーザーに企画設計や開発段階から参加してもらい、製品・サービスを一緒に検討すること』です。

制約があるユーザーに協力してもらうことで、私たちが普段見過ごしている不便に気づくことができるようになる。なかには『制約のある方のニーズは特殊で、一般的なユーザーのニーズとは異なるのでは』と思う方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、それらは実際特殊ではなく本質的なものではないでしょうか。なぜなら、私たちは環境を変えるだけで、誰もが制約のあるユーザーになる可能性があるからです。

実は、世の中にあるキーボードや字幕なども、制約のある方のニーズを汲み取ることによって生まれたイノベーションです。ただ、現在世の中には、平均的なユーザーに合わせた製品がありふれている一方で、制約のあるユーザのための製品の数は多くありません。だからこそ私たちは制約のあるユーザーのニーズによって、世界に飛躍的な変化をもたらしうる製品やサービスを生み出していけると考えています」

続いて、西川氏は、多くの人に受け入れられる新たなイノベーションの創出に向け、インクルーシブデザインの実践におけるポイントについて言及しました。

西川氏「サービスを開発する際、3つのステップを踏みます。まずは『制約から気づきを得ること』。制約があるユーザーを観察することで、私たちが見過ごしている不便に気づくことができます。次に『自分ごととして課題を捉えること』。最後に『みんなの課題をクリエイティビティとテクノロジーで解決』していくのです。

私たちはこのステップを実現するために、社内の『環境づくり』に注力しています。例えばインクルーシブデザインについては、実際に障害当事者と共にフィールドワークやディスカッションを行うワークショップを定期的に実施。これまで一般社員から経営層まで約1,600人が参加しています。

本イベントの参加者の中には、『アクセシビリティ』の重要性を、経営層にまで理解してもらうのが難しい、といった課題を持っている方もいるのではないでしょうか。私たちの会社では、ワークショップの段階から経営層も一般社員と一緒になって参加してもらうことで会社のメンバー全員で、『アクセシビリティ』や『インクルーシブデザイン』の重要性を実感し、我々一人ひとりが事業を通じて貢献したいと思える環境をつくっています」

次に、株式会社ミライロ取締役 ITソリューション部部長の井原 充貴氏による発表へ。ミライロは、障害当事者である代表を筆頭に、法人や自治体に向けたユニバーサルデザインのソリューション提供している会社です。

主力サービスであるデジタル障害者手帳『ミライロID』は、障害のある方に向けたスマホアプリ。紛失や個人情報の漏洩などのリスクがある「障害者手帳」を、デジタルプラットフォーム上で管理できます。

これまで数多の社会課題に対して向き合ってきた同社ですが、社会貢献性の文脈だけではなく「ビジネスの文脈から障害者と向き合う」ことも重視してきましたと言います。

井原氏「例えば、自治体が制作する『バリアフリーマップ』。これは誰もが安心して外出できるよう、区内の公共施設や交通施設、公園、公衆トイレ等の設備情報をまとめたものです。

素晴らしい取り組みであるにもかかわらず、市長が変わってしまった場合には、制作が中断したり、頓挫したりしてしまうことがあります。さらにバリアフリーマップを紙で制作する場合には、定期的に刷り直し、配布していかないと意味がありません。

このように世の中の取り組みは、一過性になってしまいがち。社会性ある取り組みを持続させていくためには、その取り組みに経済性を持たせることが必要だと考えています。だからこそ、私たちはビジネスを通して障害者に向き合っているのです」

株式会社ミライロ取締役 ITソリューション部 部長の井原 充貴氏

実際、ミライロはビジネスを通して障害者に向き合う上で、どのようなことを大切にしているのでしょうか。井原氏は、「ミライロID」を例に、同社がこれまでに実行してきた施策について話します。

井原氏「私たちは『ミライロID』を普及させるために、2019年に同サービスをリリースして以来、『利便性』を追及してきました。2020年にはマイナンバーカードの普及に伴い、子育てや介護など、行政手続のオンライン窓口『マイナポータル』と『ミライロID』を連携。公証性を有したことで、利用者が増加しました。

一方、対企業においては『API』を活用。ミライロIDが持つ障害者手帳の情報を他のサービスに提供し、約10社とのAPI連携を実現しています。なかでも特に、急速に広がっているのが『駐車場にある精算機』とのAPI連携です。

これまで障害者割引が適用される精算機においては、障害者自身が現場で遠隔にいるオペレーターとやり取りし、認証の手続きをしなければなりませんでした。事実上、聴覚障害者が障害者割引を受けられない仕組みになっていたのです。そういった背景から今回、聴覚障害のある方々からご相談いただき、導入を開始。これまで広島市や東大阪市などで対応し、3月からは福岡市でも導入が決まっています。

さらに企業側は、ミライロID上で広告配信することが可能です。それにより、これまで従来のプラットフォームではリーチするのが難しかった障害者にもアプローチできるようになりました。このように利用するユーザーだけでなく、利用する企業側のメリットも多くあることが、サービス普及の鍵となり、経済性を持たせることで持続的な活用につながっていると思います

20241月からは、障害者に向けたオンラインショップ『ミライロストア』もオープン。「障害者に向けた商品開発をしよう」という企業と、「商品を買ったから外出しよう」「買うために働こう」といった障害者が増え、良い循環が生まれていると井原氏は言います。

「今はあくまでプラットフォームでしかありません。これからはより多くの企業と連携して障害者の外出や消費を促し、経済の好循環を生み出していきたいです」と今後について語り、プレゼンを締めくくりました。

当日は株式会社リコーが提供する『聴覚障がい者向けコミュニケーションサービスPekoe(ペコ)』を通して、リアルタイムの文字起こしを行いました

最後に、株式会社方角代表取締役の方山 れいこ氏が登壇しました。

同社は、駅のアナウンスや電車の音などを、文字や手話、オノマトペで視覚化する『エキマトペ』のデザインや、耳の聞こえない人と聞こえる人の間で、お互いの会話を通訳してくれる『電話リレーサービス』のインタビュー企画、スポーツの音を可視化する『ミルオト』などを展開。これらのサービスを通して、聴覚障害者に関連する課題をデザインで解決することに取り組んでいます。

同社が聴覚障害者に向けた事業を展開するようになったきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

方山氏「日本WHO協会が発表した『世界聴覚報告書』では、2050年までに4人に1人が聴覚障害を抱えて生活するようになるといわれています。つまり、これから聴覚障害というカテゴリーは大きな市場になるということです。

現在、日本では約35万人の聴覚障害者が存在しています。ほとんどの方は、同じような障害を抱えている方が多く集まった職場で働いている。その背景には『職業を選ぶための選択肢が少ない』ことが挙げられます。一般的な会社に就職するも、コミュニケーションの観点で働きづらく、結果的に似たような方々が同じ場所に集まってしまっているのです。

一方で聴覚障害者が普通に働けないかというと、そうではありません。実際に弊社従業員11人のうち8人が聴覚障害者ですが、聴覚障害者も健常者と同じように、問題なく働いています。

たとえ耳が聞こえないメンバーがいたとしても、コミュニケーションの方法を整理すれば、業務上全く問題ないということは身をもって感じています。もっと多くの企業の方々にその事実を知ってほしいです」

株式会社方角代表取締役 方山 れいこ氏

そこで同社が立ち上げたのは、2023年にリリースした聴覚障害者のための求人サイト『グラツナ』。同サービスを通して、聴覚障害者に向けた求人の掲載や就職後のサポートを行っており、多くの人の多様な働き方を支援しています。

方山氏202441日から施行される『障害者差別解消法』のなかでは、『合理的配慮』についても触れられています。

文部科学省によると、合理的配慮とは『障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整である』と、定義されています。

それを踏まえると『働き方のアクセシビリティ』も、合理的配慮の一つであることに違いありません。働き方のアクセシビリティを整備することによって、より多くの人が自分らしく生きられる社会を実現していきたいです」

「アクセシビリティ×ビジネス」を通してイノベーション創出を

3社から事例が共有された後は、参加者との質疑応答の時間に。会場にいた参加者からは「ソニーでサービスを開発する際には、いかに経営層へ説得するのか」や「『グラツナ』はいくつの就業先を提供できるか」など、各社へそれぞれ質問が投げかけられました。

登壇者と参加者のネットワーキングを実施し、無事にイベントは終了しました。

今回は、アクセシビリティをテーマにした事業創出に関心のある方に向けてイベントを開催しました。「アクセシビリティに配慮した商品や事業の開発のステップ」や「社会性のある事業を持続させるヒント」など、参加者それぞれにとって何か持ち帰れるものがあったのではないでしょうか。

今後もTMIPではイノベーションサークルの立ち上げに伴い、アクセシビリティをテーマにした勉強会やイベントなどを実施予定です。ゆくゆくは「アクセシビリティの認知向上」及びアクセシビリティをテーマとした事業、ビジネス創出への挑戦を目指しています。

また本テーマだけではなく、TMIPでは様々な社会課題について勉強し、意見を交わす機会を設けています。随時イノベーションサークルに関する情報をお届けしていく予定です。入会に関心をお持ちの方はぜひ、「入会・お問い合わせ」よりご連絡ください。

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