テクノロジーで「労働力不足×インフラの老朽化」の課題解決に向き合う──第1回「TMIP Innovation Award」優秀賞:CalTa株式会社

髙見澤 拓哉

髙見澤 拓哉

CalTa株式会社 CTO

2008年、東日本旅客鉄道株式会社へ入社。建設工事部門での鉄道インフラに関わる土木構造物の工事発注や工事監督を経験し、2021年7月にCalTa株式会社の設立に携わる。以降、デジタルツインソフトウェア『TRANCITY』を始め、インフラ業界のDXを促進すべくさまざまなソリューション開発を行っている。

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2023年、イノベーションの創出を支援する産官学のオープンイノベーションプラットフォームTMIP(Tokyo Marunouchi Innovation Platform)は、設立5年目を迎えました。今後さらにイノベーション創出を後押しするべく、大企業を対象として「社内外の壁を越えて新たな価値・事業創出に取り組んでいる優れた事例」を表彰する制度「TMIP Innovation Award」を新たに創設。

過去5年間(2018〜2022)に立ち上がった新規事業の中から、市場規模や革新性、社会課題の解決に対する姿勢などさまざまな観点を踏まえ、次の時代を担う大企業発の新規事業を評価します。今回はのべ50件のエントリーが集まり、その中から4つの優秀賞と1つの最優秀賞を決定。2023年11月30日に表彰式を開催しました。

優秀賞を獲得した一社が、JR東日本スタートアップ、JR東日本コンサルタンツ、ドローンベンチャーLiberawareの3社が設立した合弁会社CalTa株式会社です。同社は、鉄道会社を始めとした、さまざまな業界におけるインフラ整備の課題解決に挑んでいます。本記事では同社CTOである髙見澤さんに、合弁会社を設立するまでの苦労や今後の展望について伺いました。

現場の非効率さと人手不足を解消する

CalTaは小型ドローンやロボットを活用し、人が点検するのが難しい高所や狭所の映像データを取得して、安全かつ効率的な設備点検を実施する「現地映像取得サービス」を提供するとともに、取得した映像をアップロードするだけで三次元データを自動生成できるデジタルツインソフトウェア『TRANCITY』を展開しています。

見澤さん「CalTaが解決する課題は、点検現場の非効率さと人手不足です。たとえば駅の点検であれば、日中は多くの電車が運行しているため、作業は通常夜間に実施します。

現地で寸法を測って帳票にまとめたり、たくさん写真を撮って写真台帳に貼り付けたりと、地道な作業を毎日繰り返さなければいけません。毎回、報告書を作るのは大変な作業ですし、効率も悪い。さらに、夜間の稼働が求められるため、ワークライフバランスの観点からも辞めてしまう社員が多い状況です」

CalTa株式会社 CTO 髙見澤 拓哉

こういった点検作業に従事する労働者の確保は、日本全国共通の課題です。高度経済成長期に大規模なインフラ整備が行われた結果、時間が経過した今、全国各地で同時に老朽化が進んでおり、場所によっては災害に伴う損傷も激しくなっています。さらに少子高齢化の影響により、以前よりも労働力を確保することが難しくなっているのです。

見澤さん「JR東日本も、現状の仕事のやり方を維持することは難しいという危機感を持っていました。そこに対して、ドローンやロボットを活用することで改善できるのであれば、業界全体を変えられるのではないか。そう思って、事業化を検討し始めました」

企業の困りごと解消が、スタートアップの第一歩

髙見澤さんは2008年にJR東日本に入社し、建設工事部門の技術者として10年ほど勤務した後、システム関連やDX分野の新規事業を担当。その後、JR東日本スタートアッププログラムと協働し、CalTaを立ち上げました。その挑戦の背景には、身近な課題意識があったと言います。

見澤さん「地方に住んでいると、インフラ整備が行き届いていないと感じる場面に遭遇することが多く、課題に感じる瞬間がありました。さらに、子供が生まれるタイミングで、自分や次の世代の働き方がどうなるのだろうと漠然と考えたことも重なって、インフラ整備における諸々の課題への関心が高まったのです。

そんな中で、JR東日本スタートアッププログラムの存在を知り、アセットの豊富さに魅力を感じました。例えば、実証実験する際には場所に困らないですし、協業先と巡り合えるチャンスもある。JR東日本が抱えている課題と現状の仕事のやり方を知っているからこそ、課題解決への道筋を描きやすいのではないかと。

まずは大企業の困りごとを解決することが、スタートアップとして軌道に乗せるための第一歩だと感じ、社内起業の道を選びました」

CalTaは、JR東日本スタートアップ、JR東日本コンサルタンツと、ドローンによる点検等を担うLiberawareの3社が出資して設立されたスタートアップ企業です。髙見澤さんは、狭⼩空間専⽤の点検ドローン「IBIS」を活用した点検サービスを手掛けるLiberawareとの協業を模索し、2019年から実証実験をスタートさせました。

しかし、JR東日本の建設工事部門からスタートアップを立ち上げるのは初めてのこと。社内での合意形成に時間がかかったと話します。

見澤さん「実証実験で手応えを得られた技術をオープンにしていくことは、JR東日本やJR東日本コンサルタンツにとってはほとんど経験がありませんでした。はじめは、かなり社内の反対の声がありましたが、JR東日本スタートアップがお金と経営支援の面でリスクを取ってくれたことが決め手になり、オープンに活動を進められるようになったのです」

複数の企業が協業し、社会を変えるプロジェクトの土台作りへ

2021年7月に設立され、DXを推進してきたCalTaですが、サービスを広く世の中に提供していこうとした際に、大企業とスタートアップの合弁会社ならではの懸念がありました。

見澤さん「JR東日本が手掛けるサービスと思われてしまうと、他の鉄道会社が利用しづらくなってしまうのではないか、という懸念を抱いていました。ただ、抱えている課題は共通していますので、私たちのサービスが各社の事業に寄与できる確信はあったんです。

定期的に鉄道各社とコミュニケーションの場を設けたこともあり、今では多くの企業に導入いただいていますし、ここ数年でさらなるイノベーション創出に向け、会社の壁を越えて取り組んでいく土壌ができてきたと感じています」

現在CalTaは、JR東日本による人材支援を受けながら15人の社員が勤務しています。さらに、CalTaのサービス導入をきっかけに、別会社であり、従来は人材の交流がなかったJR東海からの出向者も受け入れていると言います。

また、CalTaが提供するサービスの一つである「TRANCITY」は会社設立後に、他の企業と共に協業しながら立ち上げたサービスです。約半年かけて手掛けた大規模なプロジェクトだったからこそ、印象に残っていると髙見澤さんは振り返ります。

見澤さん「素晴らしい技術を持つ複数の企業に関わっていただいたのですが、ありがたいことに私たちの『日本を変えたい』という想いを汲み、『いち外部パートナー』としてでなく、共に鉄道インフラ、ひいては日本の社会課題を解決する当事者としてサービスの立ち上げに関わってくださいました。『日本を変えることに挑戦したい』という気持ちを共有しながら、プロジェクトを進行できたことは大きなポイントになったと思います」

予想外の業種からも依頼多数。さらなる事業展開を目指して

今回、TMIP Innovation Awardに参加した背景には「多くの企業が必要としているインフラ整備においてCalTaの存在を知ってもらい、少しでも多くの企業を支援できたら」という、髙見澤さんの想いがありました。

見澤さん「建設工事のインフラ整備だけでなく、道路やプラント等でも我々のサービスを利用いただいています。最近では、止水板メーカーから、『現地で物を設置する時に寸法が合っているかわからないので、デジタルツイン技術を活用したい』というお声もいただくなど、我々が予想していなかったご相談が多く寄せられています。とはいえ、我々がまだ発見できていない課題もあるので、今回のアワードへの参加を機に、他業種からの依頼が増えることも期待しています」

最終審査のピッチでは代表取締役CEO 高津 徹さんが登壇

TMIP Innovation Awardでは「デジタルツインにセンシングデータ等も加えて、さまざまなデータを一つのプラットフォームに集約し、現地にいかなくてもインフラ管理が可能な世の中を実現したい」と発表。審査員である早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄さんより期待のコメントが寄せられました。

入山さん「日本は、世界に先行してインフラ整備の課題を抱えています。様々な先端技術を持つプレイヤーと協業し、一刻も早く世界へと進出していってほしい。CalTaが展開するサービスはポテンシャルも非常に高いと思うので、今後は二桁と言わず、三、四桁と、もっと高い事業規模を目指して成長してください」

最後に、髙見澤さんはこれからの目標とその意気込みについて語りました。

見澤さん「最近では、さまざまなロボットを開発している企業との協働、ドローン以外のアセットを使った撮影・三次元化も実現しています。

日本は少子高齢化が進み、構造物の老朽化も進んでいます。時代に合わせた生産的な働き方を創出し、インフラのメンテナンスという日本が抱える大きな課題を解決するために、「大企業(アセット)×スタートアップ(技術)」という座組だからこそできることがある。これからもさまざまな企業と手を組み、それぞれの強みを生かしながら課題解決を進めていきます」

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