音を「感じる」喜びを、すべての人に── 第1回「TMIP Innovation Award」優秀賞:富士通株式会社『Ontenna』

本多 達也

本多 達也

富士通株式会社 Ontennaプロジェクト リーダー

1990年香川県生まれ。博士(芸術工学)。大学時代は手話通訳のボランティアや手話サークルの立ち上げ、NPOの設立などを経験。人間の身体や感覚の拡張をテーマに、ろう者と協働して新しい音知覚装置を研究。2014年度未踏スーパークリエータ。2016年度グッドデザイン賞特別賞。Forbes 30 Under 30 Asia 2017。Design IntelligenceAward 2017 Excellence賞。Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2019 特別賞。2019年度キッズデザイン賞特別賞。2019年度グッドデザイン金賞。MIT Innovators Under 35 Japan2020。令和4年度全国発明表彰「恩賜発明賞」。Salzburg Global Seminar Fellow。2022年よりデンマーク・デザイン・センターにてゲストリサーチャー。

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2023年、イノベーションの創出を支援する産官学のオープンイノベーションプラットフォームTMIP(Tokyo Marunouchi Innovation Platform)は、設立5年目を迎えました。今後さらにイノベーション創出を後押しするべく、大企業を対象として「社内外の壁を越えて新たな価値・事業創出に取り組んでいる優れた事例」を表彰する制度「TMIP Innovation Award」を新たに創設。

過去5年間(2018〜2022)に立ち上がった新規事業の中から、市場規模や革新性、社会課題の解決に対する姿勢など、さまざまな観点を踏まえ、次の時代を担う大企業発の新規事業を評価します。今回はのべ50件のエントリーが集まり、その中から4つの優秀賞と1つの最優秀賞を決定。2023年11月30日に表彰式を開催しました。

優秀賞を獲得した1つが、振動と光によって音の特徴を身体で感じるユーザーインターフェース『Ontenna(オンテナ)』です。富士通発の『Ontenna』が誕生した経緯や、大企業でスタートアップを立ち上げる意義、目指す未来について伺いました。

原動力は「ろう者と一緒に音を楽しみたい」という想い

本多さんが「音をからだで感じる」というテーマに関心を持ったのは、生まれ持って耳が聞こえない人との出会いがきっかけでした。

本多さん「大学1年生のとき、ろう者の方と出会いました。それをきっかけに、手話の勉強を始めたのです。そこから、手話通訳のボランティアをしたり、手話サークルを立ち上げたり、NPOを設立したりと、様々な活動に取り組み始めました。

ろう者の方々と一緒に行動する中で、音に向き合う際のギャップを感じる瞬間が多々ありました。音楽番組を一緒に見ていても、僕は楽しく鑑賞しているのに、ろう者の方は歌詞をじっと眺めていたり、突然、犬がワンっと吠えて驚く僕に対して全く気づかなかったり。

そうした体験を積み重ねる中で、もっとこのテーマについて深めていきたいと考えるようになりました」

富士通株式会社 Ontennaプロジェクト リーダー 本多達也

「音をどう感じるのか?」というテーマに関心を持った本多さんは大学院に進学し、Ontennaの土台となる研究に着手。ろう者と一緒にアイデアを考え、プロトタイプをつくり、試行錯誤を経て髪の毛で音を感じるユーザーインターフェースを開発しました。このときにすでに製品の原型はできていたそうですが、その形に至るまでには苦労も多かったそうです。

本多さん「最初は音を光で表現することを考え、音が大きくなると光が強くなり、音が小さくなると光が弱くなるプロトタイプを作成しました。ところが『目がチカチカする』と言われてしまい、ボツになってしまったんです。

そこから触覚で表現しようと、振動モーターを直接腕につけてもらったのですが、あまり受け入れてもらえず…。試行錯誤の末、髪の毛に取りつけるのが良いのではないかという結論になりました」

富士通と出会い、Ontennaの製品化に挑戦

在学中にOntennaは形になったものの、製品化にまでは至りませんでした。大学院を出た後、本多さんは電子機器メーカーにUIデザイナーとして入社。Ontennaの製品化を交渉したものの、実現は叶わなかったと言います。

本多さん「新入社員が、いきなり自分の持ち込みアイデアを事業化したいと言っても、当然ながら承認されることは難しかったですね。社内での承認はうまく進みませんでしたが、2014年に未踏スーパークリエータに採択され、メディア露出も増えたことから、『応援しています』『どこで買えるんですか?』という声が毎日のようにメールで届くようになりました。

この期待に応え、どうにかして製品化をしなければと思い、つてをたどって当時の富士通の役員を紹介してもらいました。直接、『Ontennaを世界中に広めたいんです』と熱意をぶつけたところ『よし、わかった。うちに来い』と言ってくださって。勤めていた会社を辞め、Ontennaの製品化のために富士通へと転職しました」

富士通の事業として製品化の道を選んだ本多さん。起業して、ハードウェアスタートアップとして製品化を目指していくという選択肢もある中、なぜ大企業の中で挑戦しようと考えたのでしょうか。

本多さん「富士通は、障害者雇用に力を入れているだけでなく、発言内容を複数の端末にリアルタイムで翻訳・テキストで表示するコミュニケーションツール『Live Talk』なども開発しています。こうした面から、自分が挑戦したいことへの理解があると考えました。

また、ただでさえハードウェアスタートアップを立ち上げることは厳しいのに、『ろう者』という市場規模の狭い領域に特化することはなおさら困難です。富士通のような大企業であれば、いろいろなアプローチですでに事業に取り組んでいるので、自分がやりたいことも実現できそうだと考えました」

入社後はOntennaの製品開発に取り組み、2019年には量産に着手。障害者専用の特殊なデバイスとしてではなく、手頃な価格で購入できるアクセサリー型のガジェットとして一般向けに販売を始めました。実際に、Ontennaの製品化を進める中で、富士通というブランドの強さを再認識することも多かったそうです。

本多さん「例えば、テストマーケティングをする際に『富士通の本多です』と言えば、いろいろな方が協力してくれました。また、富士通は開発する製品における安全面の基準が高かったことから、安心して装着いただけるデバイスに磨き上げていくことができました。

他にも、『グッドデザイン賞金賞』や『Forbes Under 30 Asia』など様々なアワードを受賞したり、能楽協会や卓球のTリーグなどスタートアップであればアプローチしづらい団体から話が舞い込んだり。富士通にいたからこそ実現できたと思えることも多かったですね」

企業のパーパスが、事業の方向性を決める鍵に

Ontennaは、現在国内の8割以上のろう学校で導入されています。Ontennaの構想を始めた約10年前に想定していたような利用はもちろん、新たな使い方も広がっています。


Ontennaがろう学校で活用されている様子

2020年、富士通はOntennaのプログラミング教育環境を無償公開。これにより、利用者が、自分の好みに合わせて振動や光のカスタマイズも可能になりました。デバイスと合わせてプログラミング教育環境を全国のろう学校に無償で提供することで、Ontennaを使ったプログラミング教育の機会も提供しています。

富士通が持つアセットをフル活用し、Ontennaの事業拡大に向けて取り組んでいる本多さん。順調に歩んでいるようにも見えますが、ビジネスモデルが構築できるまでには、困難に直面することも多かったと振り返ります。

本多さん「製品化前の段階から予算はつけてもらっていたものの、販売できるようにならなければ、ビジネスとしてお金をいただくことはできません。富士通としての製品になるので、プロトタイプ段階で外部と、取り引きするのは困難でした。

そんな中、ありがたいことに『Ontennaを使ってイベントを開催したい』というご相談をいただく機会が増えました。富士通も、イベントで活用するという形であればと取り組むことにGOを出してもらえて。

製品の販売前から売上を立てることができたのは、社内に複数の応援者がいたからこそ、実現したのだと思います。早期にお金をいただけるプロジェクトであることの証明もでき、その後の製品開発の取り組みの加速につながりました」

Ontennaの目指す未来を大切にしながら製品開発を進め、事業開発にも取り組んできた本多さん。ときには、利益を出すために、大切にしたいことを諦めないといけないのでは、と葛藤することもあったそうです。

本多さん「一番届けたかった、ろう学校の生徒たちからターゲットが離れ、市場規模が大きい高齢者の介護やリハビリステーションに使えるものにすべきではないかという意見が出たこともあります。

自分が実現したかったことが揺らぎ、富士通でOntennaを事業として継続する意味を見失いかけました。ただ、富士通のパーパスが新たに制定されたことで、それに沿ったソリューションビジネスとしてOntennaの方向性も定まりました」

新たに制定された富士通のパーパスは、「わたしたちのパーパスは、イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくことです」というもの。このパーパスが後押しとなって、Ontennaの目指す未来を再確認できたといいます。

「なんのためにこのソリューションの開発に携わるのか」というWhyを共有し、熱量を持ってもらうことはOntennaに関わる上で重要なこと、と本多さんは強調します。

本多さん「共働する上で、いかに人々のマインドセットを変えるかは、企業内で社会起業家的に活動する『ソーシャル・イントレプレナー』にとって、とても重要なことです。そのため、Ontennaの開発に携わる人に、自分と同じ熱量を持ってもらうために、必ずろう学校に行ってもらっています。実際に使ってもらっている様子を見て、誰にどんな価値を届けるのか知ってもらうことがモチベーションにつながり、結果的に社会を変えてくいくことにつながると思っています」

多様性を受け入れ、イノベーションが生まれる社会へ

今回、OntennaがTMIP Innovation Awardに参加した背景には「ソーシャル・イントレプレナーをもっと増やしたい」という本多さんの思いがありました。

本多さん「大企業で働いていると、言われたことをやらなければいけない、という思考に陥りがちですが、実はOntennaのような自発的な活動にチャレンジできる場所でもあると、もっと発信していかなければいけないと思っています。特に、社会的な文脈でのハードウェア開発は大企業が持つリソースと、とても相性が良いです。僕たちのような活動を大企業が支援してくれれば、新しい事業が生まれるだけでなく、会社としての社会的価値も上がる。Ontennaは、その先行事例としてアピールしていきたいですね」

TMIP Innovation Awardのプレゼンテーションでは、Ontennaをつけたろう者の動画を再生。審査員である早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄さんより、以下のコメントをいただきました。

入山さん「SDGsの責任を背負っている大企業と、ソーシャル・イントレプレナーは、非常に相性が良いと思います。スタートアップとして社会的な事業に取り組むことは資金面や収益面から難しいことも多いですが、大企業内であればサポートを受けながら、息長く挑戦し続けられる。ぜひ、こういった新規事業のあり方も、一つの参考にしていただけたら良いと思います」

Ontennaは世界でも少しずつ使われ始め、2022年5月にインドのろう学校でワークショップを開催。「もっと世界中にOntennaを届けたい」と、本多さんは熱い想いを共有し、最後にこれから大企業で新事業創出に挑戦したい人に向けてメッセージをいただきました。

本多さん「行動せずに考えている時間があったら、とにかく意思決定者に会いに行ってください。そこで、会社が掲げるパーパスと文脈を合わせながら、会社を通してやりたい企画があることを伝えることが大切です。

僕のミッションは、そういった人の提案を『よし、わかった』と受け入れられる人を増やすこと。そのためにも、Ontennaをビジネスとして成功させなければならないと思っています。大企業のリソースをうまく使えば、自分の想いを形にすることもできるし、社会を変えるイノベーションを起こすことができる。僕はそれを証明したいし、大企業で新規事業に挑んでいる人のロールモデルになりたいと思っているんです。

そして、僕のような生き方をしている人を増やし、やりがいは自発的に動くことで生み出せるということを見せたいです。一緒に社会変革を起こしていきましょう」

共創プロジェクト

2024/5/31
〜多様な人材が共に楽しむ未来の実現を目指す〜富士通とTMIP、丸の内エリアにて音をからだで感じるユーザインタフェース「Ontenna」を活用した取り組みを開始

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