既存事業の枠組みを超え、「自分事」として情熱を注げる事業を生み出す——「TMIP Innovation Award 2024」日経ビジネス賞:NTTドコモからスピンアウト『株式会社coordimate』

飯野 健太郎

飯野 健太郎

株式会社coordimate 代表取締役CEO

2011年 NTTドコモ入社。入社後、法人営業、M&APMI・出資先の経営管理、ドコモグループの教育事業の中核子会社での教養コンテンツの企画・制作・運用の責任者や中期戦略策定などに従事。2019年より兼務で新規事業の立ち上げに着手。4年間の挑戦を経て20227月にcoordimateを立ち上げ、20244月よりドコモの新規事業共創プログラム「docomo STARTUP」における「STARTUPコース」適用第一号案件群としてスピンアウトし現職。
「FTS INTREPRENERS AWARD2024」受賞。

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大企業の新規事業創出支援や大企業とスタートアップ、産・官・学・街との連携で事業創出を目指すオープンイノベーションプラットフォームTMIPTokyo Marunouchi Innovation Platform)。昨年に続き、大企業がオープンに新規事業に挑戦する社会を目指し、大企業発の新規事業創出”を表彰する「TMIP Innovation Award 2024」が開催されました。

過去5年間に立ち上がった新規事業の中から、市場規模や革新性、社会課題の解決に対する姿勢など、さまざまな観点を踏まえ、次の時代を担う大企業発の新規事業を評価します。2024124日、最終選考に進んだ5つの事業によるピッチを経て最優秀賞、優秀賞、日経ビジネス賞、オーディエンス賞を決定しました。

本記事では日経ビジネス賞を受賞した、NTTドコモ(以下、ドコモ)から生まれた新規事業『coordimate』を紹介します。ファッションに悩む男性をターゲットとしたアプリで、自分のコーディネートの写真をアップロードすることで、ファッション好きの一般男女からコメント・フィードバックをもらえる仕組みです。

事業を立ち上げ、ドコモからスピンアウトを果たした株式会社coordimateの代表取締役CEOを務める飯野健太郎さんに、ドコモで法人営業やM&Aなどを担ってきたキャリアから、事業立ち上げに至った経緯、スピンアウトに至るまでの歩みをお聞きしました。

「憧れ」ではなく「安心」を届ける新たなファッションビジネス

coordimate』は、ドコモ社員だった飯野さんが同社の社内新規事業創出プログラム「docomo STARTUP」を活用して立案したサービスで、現在は20244月にドコモからスピンアウトした株式会社coordimateの事業として展開されています。

「リアルな声がサクッと聞けちゃう無料アプリ」をコンセプトに、ファッションに悩む男性を主なターゲットとして、自分のコーディネート写真を投稿すると「mate(メイト)」と呼ばれる10~30代のファッション好きな男女から「アリ/ナシ」のリアクションやアドバイスを受け取れるサービスです。

「ファッションブランドは『なりたい自分への憧れ』を顧客に与えます」と飯野さん。しかし生活者の中には潜在的に、「加点されたいのではなく、減点されたくない」「ダサいと思われたくない」層がたくさんいる、と言います。『coordimate』がターゲットとするのは、そんな「『おしゃれ』と思われたいわけではなく、『ダサい』と思われたくない」層です。

1,500人以上を対象とした独自のアンケート調査やヒアリング内容からは、特に「18歳~25歳のファッションに自信がない男性の多くが、異性からファッションについてフィードバックをもらった経験に乏しい」という結果が得られ、これが事業内容のヒントとなりました。

飯野さん「自信が無いと答えた男性の話を聞いていくと、周りに(ファッションについて)相談できる人がいないし、自分が誰かに相談していることを知られたくもないという意識があることがわかりました。そこで、クローズドな環境で顔も名前も知らない一般の方に相談できる世界をつくれたら面白いんじゃないか、と仮説を立てました」

株式会社coordimate 代表取締役 CEO 飯野健太郎さん

この仮説を検証するため、飯野さんは非公開のFacebookグループをつくり、自身の服装の写真を投稿。すると「想像以上にたくさんの女性からコメントをいただき、ボコボコにされました」と笑いますが、ファッションへの手痛いフィードバックの数々は、事業プランに対する確かな手応えを得ることつながりました。

飯野さん「その結果を受け、(知人の招待ではなく)『一般女性にファッション相談ができる』というコンセプトを提示するだけで、男性がどれくらいサービスに流入してくれるかを検証することに。

上層部とは『週に200人ほど流入すれば、事業化の可能性が見えるではないか』と話していたのですが、結果的に1週間で7,000人くらいの方が参加してくれたんです。この仕組みをベースにアプリをつくり、広告を回せば事業として成立するのではないかということで、話が前に進み始めました」

変わり続けるアパレル業界の中で、「試着」だけが変わっていない

しかし、事業構築のプロセスは順風満帆だったわけではありません。特にマネタイズについては試行錯誤が続いたといいます。

当初は、メイトがユーザーにおすすめアイテムの商品画像を送信する頻度が多かったことに着目し、ファッションECモールと連携して集客手数料による収益化を狙いました。ですが、メイト側がコメントだけではなく、ECモールに掲載されている商品ページのURLを送信しなければならず、また、ユーザー側には「アドバイスを受けている」のではなく「(購入へ)誘導されている」と感じさせることになり、結果としてメイト・ユーザー双方のUXを毀損することに。次に検討したスキームが、「自分の相談に一番答えてくれたメイトから、買うべきアイテムなどを記したショッピングリスト購入できる」というマネタイズ方法。しかし、こちらもメイト側の負担が課題になりました。

試行錯誤を経てたどり着いたのが、「試着」でした。飯野さんは「これだけ各業界のDXが進んでいる時代なのに、実店舗における試着体験だけはアップデートされていないまま」と、ここに着目した理由を語ります。

飯野さん「実店舗において、試着していないアイテムの購買率は10%程度なのに対し、試着すると約65%にまで上がるというデータがあるほど、試着は重要です。

ですが、お客様は『試着しても似合っているかどうか自分ではわからないし、店員さんに相談するのも気恥ずかしい』、店舗側も『お客様が試着室にどんなアイテムを持ち込み、どのようなアイテムであれば購買に至っているかなど、顧客体験に関するデータが取れていない』といった課題がありました。

coordimate』はユーザー、つまりお客様側のニーズに関する情報を持っているので、店舗側と連携できると思ったんです」

このアイデアを検証すべく、飯野さんはショッピングモール運営会社と連携し、複数のアパレルショップの協力を得て実証実験を重ね、アイデアをブラッシュアップしていきました。

その中で考案したのが、店舗の試着室内で『coordimate』を使ってメイトからアドバイスをもらいつつ、その店や周辺店舗の店員もそのやり取りを見られるようにし、店舗内の商品でユーザーに合いそうなアイテムを提示するという仕組みです。しかし、この仕組みでは営業中の店員にアプリを確認するという手間をかけることになり、ユーザー側からも「試着室でそこまで待っていられない」という意見があがりました。

また、この実証実験を通して「『店員に声をかけられる』ことはユーザーのストレスになる」という気付きも得た飯野さんは、「店員に話しかけられたくない体験」を「店員に話しかけたくなる体験」に変えることで、ユーザーと店舗それぞれの課題解決を目指すことに。

飯野さん「現在、スマートミラーを活用した『自宅と店舗をデジタルでつなぐ試着体験』の検証を進めています。店舗のオープンスペースにスマートミラーを設置してアプリと連携することで、ユーザーが店舗のアイテムを試着した姿を即座に『coordimate』にアップロード。気軽に、そして手間をかけずコーディネートを相談できるようになりました。

さらに、店舗内にある他のアイテムや、ユーザーの私物アイテムのデータと同期すれば、自宅にあるアイテムも交えたコーディネートの「試着」も可能に。また、ユーザーのお困りごとをAIとの会話を通じて可視化することで、詳細店員に尋ねる導線をつくり、結果的にユーザーから店員に自然に話しかけるシーンを増やそうと考えています。」

その後、20243月までに外部やNTTドコモから資金を調達し、株式会社coordimateとしてドコモからスピンアウト。飯野さんは同社の代表取締役社長に就任し、上記のようなファッション相談サービスやスマートミラー事業を最前線で牽引し続けています。

「熱量」を保つために、検証のサイクルを回し続ける

ドコモを飛び出し『coordimate』のグロースに挑む飯野さんは、そもそもなぜ新規事業創出を志したのでしょうか。原点にあるのは、若手時代の経験です。2011年のドコモ入社後、最初に配属された姫路支店法人営業担当でのことを、こう振り返ります。

飯野さん「ミス続きでダメダメな社員でした。たとえば、携帯会社社員なのに、会社から支給された携帯電話を1週間くらいでバキバキに壊してしまい、バキバキにした翌日に新たに支給された新しい携帯電話を紛失してしまって……。幸いなことにもらったばかりでデータなどは何も入っていなかったのですが、同期で一番最初に始末書を書くことになりました。また、私のミスでお客様に信じられない額の誤請求が発生したことも自分は会社にいないほうがいいんじゃないか、とすら思うようになりました。

そんなある日、課長に呼び出されて『皿洗いで皿を割るのはどんな奴か』と聞かれました。当時はいつも怒られていたので、また怒られるんだろうな、と思いながら『集中していないやつだと思います』と答えたら『そうじゃない。一生懸命に皿を洗う奴が皿を割るんだ!サボってるやつは皿なんて割らない。だからお前は今のままで大丈夫。一生懸命やれ。ただ皿を割る枚数は減らしてくれ』と言葉をかけていただいて。逆にこんなに自分のことを考えてくれている人にこれ以上迷惑をかけちゃいけないと、自分を前向きに変える大きなきっかけになりました」

そして、「何のために法人営業をするのか」を深く考えるようになった飯野さんは、自社の商材のみならず他社のサービスも含め、担当するお客様の目的に則したソリューションを独自に提案するように。結果として、ある時期には目標額の10倍もの売上をあげるなど、飛び抜けた営業成績を収めるようになりました。

その後、M&A関連の業務を担当する部署へ異動し、買収や撤退だけではなく、買収した子会社の事業拡大のサポートを担当することになりました。その中で、さまざまな企業の経営陣と日常的に接することになります。飯野さんは「経営者に対してどこかスマートな印象を抱いていた」と言いますが、実際に触れ合う経営者たちの姿は、正反対のものだったそうです。泥臭く現場に出て、汗を流す経営者の姿に憧れを抱き、入社8年目、30歳の頃に新規事業立ち上げを志すようになったといいます。

飯野さん「そこからは地獄の日々でした(笑)。目の前の仕事と兼務で、新規事業のアイデアを考えて。最初は僕が大学までサッカーをしていたこともあり、草サッカーチームにスポンサーを付けて、草サッカーからプロを生み出すという事業を思いついたのですが、ビジネスアイディアを聞いて『一緒にやろう』いいね!』と言っていただけるパートナーに一度も出会えず、むしろ厳しいフィードバックをもらう日々……

そんな中で『できるだけ自分の名前だけで新事業をやりたい』と思っていたのですが、戦い方を間違えているという指摘をいただいたんです。せっかくドコモという大企業のリソースがあるのだから、それらを活用していくべきだと考えるようになりました」

以降は、社内のベンチャー制度への応募を続け、3案目からファッション領域に軸足を置くようになります。その中で、自然と自身も悩んでいたという「服装がダサい」という悩みに焦点を当てていくことになり、5案目となった「トップスタイリストがコーディネートのアドバイスをしてくれる」サービスが最終審査まで進み、docomo STARTUPの前身である社内新規事業創出プログラムへの採択が決まりました。その後、事業案のブラッシュアップとピボットを経て、7案目にたどり着いたのが『coordimate』でした。

飯野さん「何度もアイデアが却下され、心が折れかけた時期もありました。それでも『coordimate』に至るまで、事業案を生み出し続けられたのは『自分の熱量』を保てたからだと感じています。

新規事業に限らず、ビジネスでは『PDCAを早く回すことが重要』だと言われますよね。それは仮説検証を繰り返し、事業内容の解像度を高めるためだと思っていたのですが、新規事業の立ち上げにおいては事業責任者の高い熱量を維持する効果もあるのだと感じました。

いつまでも結果がわからないと、どうしても熱量は下がってしまいます。新規事業の社内公募制度は、もちろん採択されるに越したことはありませんが、すぐに『失敗』という結果を得て、次に進むことで事業責任者の熱量を維持する機能があるのだと感じました」

自らの働きかけで勝ち取った「スピンアウト」という選択肢

これまでの経験を踏まえ、飯野さんは大企業において新規事業を立ち上げるメリットを「盤石な顧客基盤を有していること」だとします。

飯野さん「ドコモの名刺があったから、大手アパレルブランドの経営者やトップスタイリストにも容易にお会いできました。どのような領域のビジネスも、通信無しには成り立たない時代なので、行きたい会社が見つかったら社内に確認すれば、ほぼ必ず当該企業の営業担当者がおり、すぐにアポイントが取れたんです。

通信インフラを担うドコモだからこそ、新規事業に向けたアイデアを練るための情報やニーズも集めやすく、事業内容を練る上ではとてもありがたい環境だったと思います」

一方で、多様なサービスを打ち出す同社だからこそ、「既存事業と比べられるハードルは高かった」と言います。たとえばファッション関係では、同社はすでに『d fashion』というアパレルのEC事業を展開していました。そして、いずれの領域においても、既存サービスは多くのユーザーに利用されており、そのことが新規事業を立ち上げる上での壁になっていたといいます。

飯野さん「アプリをつくると言っても、100万ダウンロードくらいは達成して当たり前。事業として評価されるには、1,000万ダウンロードを超えなければなりませんし、それを達成できる理由をロジカルに説明する必要がありました。

そんな中、2023年の夏ごろに当時の副社長の主導で新規事業公募制度が『docomo STARTUP』にリニューアルされ、これが大きな転機になりました。私自身、ドコモの社内で事業を続けるか、ドコモの子会社として独立するかを選択しなければならない時期で、事務局には『子会社にはなりたくないから、会社を辞めて事業を続けます』と伝えていたんです。

そういった意見を踏まえて、『そもそも既存事業と新規事業では、必要とされる結果や進め方もまったく違うのだから、その違いは制度にも反映するべき』として、正式に別会社を設立するという出口がドコモ内で用意されることになりました」

飯野さんらの働きかけもあり、「docomo STARTUP」はドコモ内部で事業を成長させ、子会社として独立する「スピンオフ」と、外部から資金を調達し、新たな会社として出発する「スピンアウト」のいずれかを事業オーナーが選択できる仕組みを整備。前述の通り、『coordimate』は2024年に「スピンアウト」を果たし、現在ドコモとは事業共創関係を築いています。

大企業が変われば、日本が変わる——その言葉を現実にするために

飯野さんは「大企業から飛び出した私たちが事業を成功させられれば、大企業発の新たな価値創造の前例をつくることができる」と意欲を燃やしています。TMIP Innovation Awardへの参加を決めたのも、自らの取り組みを大企業で新規事業創出に取り組む同志に発信したい、という思いからでした。

そして、2024124日に開催された最終選考会の結果、『coordimate』は見事に日経ビジネス賞を受賞。

最終選考会・表彰会で実施されたピッチは、グラフィック・クリエイター 春仲 萌絵さんによってリアルタイムでグラフィックレコーディングにまとめられた

審査員を務めた日経BP 日経ビジネス発行人の松井健さんからは、ピッチのトップバッターを務めた飯野さんに向け、「今回の選考会のレベルを一気に上げてくれた」という称賛と共に、「このビジネスは、グローバルに展開できる可能性も秘めていると思う」と今後の海外進出への期待を込めた声が掛けられました。

TMIP Innovation Award 2024」最終選考会・表彰式にて、ピッチをする飯野さん

飯野さんに今後の展望を問うと、『coordimate』の成長の先にある、大企業、そして日本という国の変革に向けた思いを語ってくれました。

飯野さん「ハーバード大学ケネディ行政大学院で教授を務めるエリカ・チェノウスは、過去の革命や市民運動などを調査して『人口の3.5%が非暴力で立ち上がれば、社会が変わる』という仮説を立てました。

この仮説は、『3.5%のメンバーが変われば、組織全体が変わる』ということも示唆しているのではないか考えています。たとえば、ドコモはグループ全体で約5万人の社員2024331日時点)を抱えているので、そのうち2,000人が変わればドコモグループ全体が変わることになる。現に、ドコモの新規事業創出プログラムのあり方は、私たちの活動を通して少しずつ変わってきました。

そして、ドコモのような大企業が変われば、間違いなく日本が変わります。『自分はこれくらいしかできない』とか『これはやっちゃ駄目』とか、そういう枠を外さなければ解決策は見えてこない。

ダメ社員だった私ですら、こんな大きなチャレンジに挑めているのですから、どんな人にもできるはず。『自分は、何のために仕事をしているのか』を考えて、一歩を踏み出してほしいと思っています。」

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