「大義」と「協調」が、新規事業を加速させる──第1回「TMIP Innovation Award」優秀賞:株式会社T2

森本成城

森本成城

株式会社T2 代表取締役社長

三井物産にてリテールファイナンス領域に従事し、複数の大手企業と共に国際的な事業展開を経験。タイでは、特定の製品購入者向けのファイナンス会社で1年半にわたり経営再建を担当。その後、インドネシアでも従業員1万人以上のファイナンス会社での組織マネジメントを経験。東南アジアと南米のファイナンス事業の責任者を務めた後、2023年9月、T2の代表取締役社長に就任。

2023年、イノベーションの創出を支援する産官学のオープンイノベーションプラットフォームTMIP(Tokyo Marunouchi Innovation Platform)は、設立5年目を迎えました。今後さらにイノベーション創出を後押しするべく、大企業を対象として「社内外の壁を越えて新たな価値・事業創出に取り組んでいる優れた事例」を表彰する制度「TMIP Innovation Award」を新たに創設。

過去5年間(2018〜2022)に立ち上がった新規事業の中から、市場規模や革新性、社会課題の解決に対する姿勢など、さまざまな観点を踏まえ、次の時代を担う大企業発の新規事業を評価します。今回はのべ50件のエントリーが集まり、その中から4つの優秀賞と1つの最優秀賞を決定。2023年11月30日に表彰式を開催しました。

優秀賞を獲得した一社が、株式会社T2です。同社は「自動運転を活用した幹線輸送サービス」の構築に取り組んでいます。そのサービスを実現するためには、自動運転技術の確立、自動運転トラックの手配や拠点の設置、運送オペレーションの構築等、大規模かつ幅広い領域での連携・協業が求められます。

同社はいかにして、そのような事業を推進しているのでしょうか。代表取締役CEOを務める森本成城さんは、「徹底した『大義の共有』が鍵になる」と語ります。その言葉の真意に迫るとともに、事業立ち上げの経緯やその現在地を聞きました。

自動運転を用いた「幹線輸送サービス」で、日本を根幹から支える

T2は、レベル4自動運転(特定条件下における完全自動運転)トラックを用いて、荷主や運送会社の持つ物流拠点間の「幹線輸送」サービスの実現を目指しています。

サービスの仕組みは、まず高速道路の出入口にモビリティプール(切替拠点)を設置。有人運転のトラックが「(自動運転車両の)出発点」となる拠点までコンテナを運び込み、そこで無人運転が可能な車両にコンテナを受け渡します。そして、コンテナを受け取ったトラックは高速道路上を完全自動運転で「到着点」となるモビリティプールまで走行。再度、有人運転に切替え、一般道を走ることで目的地まで荷物を届けます。

スワップボディコンテナ車(トラックの車体と荷台を切り離せる車両)を用いることで、荷台はそのまま、車両だけをスムーズに切り替えることが可能になり、最小限のリソースで「有人運転」から「無人運転」への移行を実現。「お客さまからの要望があれば、有人運転区間の輸送もT2が代替するなど、トラックや運転者の不足にも対応できるオペレーションを考えている」と森本さんは言います。

なぜ、T2は自動運転を活用した幹線輸送サービスに取り組んでいるのでしょうか。森本さんは、解決を目指す社会課題、すなわちこの事業の「大義」を以下のように語ります。

森本さん「日本の物流が抱える課題を解決するために、事業に取り組んでいます。みなさんも『2024年問題(働き方改革法案によりドライバーの労働時間に上限が課されることで生じる問題のこと)』はご存じですよね。2023年1月に野村総合研究所が発表したレポートによれば、ドライバー不足などが原因で、2030年には全国の約35%の荷物が運べなくなってしまうとされています。

物流はさまざまな産業や私たちの生活を支える基盤の一つですが、このままでは機能不全に陥ってしまう。自動運転を活用することでドライバー不足を補い、日本の物流を、ひいては社会を既存の事業者と共に支えることが私たちの使命であり、この事業に取り組む『大義』なんです。

また、2022年に高速道路上で発生した死亡事故の約7割は大型車が絡むもので、安全面の課題も小さくありません。自動運転技術を用いて、2024年問題を含む人手不足を解消すると共に、事故件数を減らすことによって安心安全な幹線輸送を実現し、事故の加害者や被害者の数も減らすことができればと考えています」

大きなリスクを背負ってでも、やらなければならないことがある

事業の要の一つとなる自動運転技術の開発を支援するのは、AI(人工知能)開発企業のPreferred Networksです。2017年に三井物産が出資したことをきっかけに、Preferred Networksの技術力と三井物産のビジネスの場や知見を生かした社会課題解決事業を模索してきたことが、T2の設立につながっています。

さまざまな企業が自動運転の実現に向けて、さまざまな技術やサービス開発に取り組んでいますが、技術開発のみならず物流オペレーションを構築し、物流事業までを手がけようとしている点にT2の特異性があります。そこににじむのは、同社の「覚悟」です。

森本さん「自動運転車両が事故を起こした際、『どこに責任があるのか』が問題になります。しかし、システムの問題なのか、車両の問題なのか、あるいはオペレーターの問題なのかを判別するのは難しく、責任の所在が曖昧になってしまう。

しかし、この問題に答えが出ることを明確になるまで待っていたら、2024年問題やその後の状況に対応することはできません。全てのリスクを一身に背負ってでも自動運転の活用を前に進めるべきだと考え、システム開発からオペレーション構築までを手がけるT2の創業に至りました」

株式会社T2 代表取締役CEO 森本成城さん

現在(2023年11月)、三井物産からの4名の出向者を含め20名のメンバーが参画し、組織を構成。今後は株主企業からの出向も受け入れると共に、毎月3~5名のメンバーが増加。「多様なバックグランドを持つメンバーと共に事業を推進していきたい」と森本さんは語ります。

大義を掲げることで、利害を超えた協調関係を築く

三井物産とPreferred Networksによる新規事業創出の過程には、大手企業とベンチャー企業の協業を成功させるためのヒントが隠れています。会社の規模、ビジネスモデル、社風や社内文化の異なる2社は、いかにして足並みを揃え、「物流」という日本の大きな課題に挑んでいるのでしょうか。

森本さん「会社として目指すところや『大義』を繰り返し共有することが重要だと考えています。各社からの出向者も含め社員は大義に共感し、その実現のために動けるメンバーだけが集まっています。カルチャー醸成は、新規事業創出において重要なポイントです。

もちろん事業である以上、収益性も考慮しなければなりません。日本の幹線輸送のマーケット規模は日通総研さんの試算によれば約2兆円。東京-大阪間の幹線輸送だけでも4000億円規模の市場があると言われています。まずは、東京-大阪間のマーケットを狙い、東京‐大阪間で事業展開できれば東京-名古屋間、名古屋-大阪間でも展開できるはずですから、更に大きな市場規模となると考えています。

しかし、新規事業には不確定要素が付きものですし、狙い通りに進むとは限りません。ただ、数字よりも大事なのは『社会課題を解決すること』。収益は後から付いてくると考え、事業を推進しています」

T2が目指すサービスを実現するには、自動運転に関する知見や技術のみならず、さまざまな領域の技術、アセット、協業先が必要です。だからこそ、T2は事業立ち上げフェーズから継続して、株主を募ってきました。その際にも重視していたのは、「大義の共有」です。

その結果、T2の大義に共感した13社(2023年11月時点)からの出資を受け、資金のみならず、各社のノウハウやアセットを生かしながら事業を推進しています。モビリティプールの設置には三菱地所や宇佐美鉱油が持つアセットが、自動運転輸送サービスに関する保険の構築には三井住友海上火災保険の知見が、通信関係においてはKDDIの技術が欠かせませんでした。

これほどまで多くの企業と手を結べたのは、早いうちからビジネスアイデアの実現性を高められたからだと森本さんは言います。

森本さん「三井物産とPreferred Networksだけの時は、事業の解像度がそれほど高くありませんでした。しかし、京都府城陽における次世代幹線物流センターを構築される三菱地所さんをはじめ、数多くの専門性・機能をもった株主の方に参画していただき、アイデアの実現性が飛躍的に高まりました。それから他の株主とのすり合わせと、協業の方法に関する検討も加速したんです。

将来的には、更に安全・安心な自動運転トラック車両の開発並びに量産化に向けて自動車メーカーさんや自動車部品メーカーさん、集荷並びに物流オペレーションを強化・向上するために運送会社さんとも協働したいと考えています」

「競争」だけではなく、「協調」を

「理想とするサービスを実現し、社会課題を解決するためには『競合』にあたる企業とも時には協力しなければならない」と重ねます。その言葉の裏にあるのは、あくまでも「みんなで社会課題の解決を目指す」という森本さん姿勢です。

森本さん「国の有事を乗り越えるためには、企業が競争ばかりしていてはならないと思うんです。ときには、競争ではなく『協調』を選択しなければならない場面もあるはず。

さまざまな企業のみならず、政府や行政とも協調し、課題解決を進めていかなければなりません。そのために、しっかりとコミュニケーションを取りながら『何を目指し』『いかに協働するのか』について目線を合わせていかなければならないと思っています」

政府は「2025年を目途に、全都道府県で自動運転の社会実験の実施を目指す」方針を発表し、経済産業省が掲げる「デジタルライフライン全国総合整備計画」におけるアーリーハーベストプロジェクト(早期実現すべきプロジェクト)として、自動運転支援道の実現を掲げています。官民の力を合わせなければ、自動運転の実現、そして物流に関する課題解決は近づきません。

森本さん「政府が主催する自動運転支援道のワーキンググループには、T2や大手運送会社、大手トラック製造会社が加わり、会議にて事業者目線からの提案をしています。健全に競争すべき点と、企業を超えて協調すべき点を整理しながら、前向きに議論を進めているところです」

そんなT2が、今回の「TMIP Innovation Award」に参加した理由も、企業の間の壁を越えた協調への足がかりにするためでした。

森本さん「TMIP Innovation Awardのお話を聞いたとき、『大企業の協業で社会課題を解決する』というアワードの趣旨が、T2に当てはまっていると感じました。

また、協賛企業も多いので、我々の事業に興味を持っていただき、出資や連携に興味を持ってくださる方を見つけられたらと思い、参加を決めたんです」

T2は見事に優秀賞を獲得。「今回の受賞をきっかけにメディアを通じた発信にも力を入れ、自動運転の必要性や重要性を社会に伝えていきたいと」と森本さんは力を込めました。

さらなる協業・提携を進め、2026年にサービス実用化を目指す

2022年8月に創業したT2は、同年11月に「高速道路における乗用車の行動実証実験」を、2023年4月に「高速同時路上で大型トラックを用いた自動運転の実証実験」を成功させました。順調に実証を重ね、政府のロードマップに合わせる形で、2026年までに次世代物流システムを実用化する見込みです。

実用化と「その先」を見据え、今後さらに資金調達や株主との連携を進めていく予定だと言います。

森本さん「物流が抱える課題はとても大きく、一社の力だけでは到底解決できません。現在は13社が株主として、多大なサポートを提供してくれていますが、まだまだ足りない部分がある。資金面はもちろんですが、どのような形であれ、多くの企業から力をお借りしたいと思っています」

最後に、森本さんは「大企業起点の新規事業」を成功させるために必要な大企業のあり方、について言及。そこには、三井物産という日本有数の大企業出身である森本さんならではの視点がありました。

森本さん「大企業の新規事業に足りないのは『スピード感』です。収益性やコストを考えすぎて稟議が遅くなり、ベンチャーや外資企業に負けてしまうケースをよく見ます。積極的に権限移譲を進めて事業推進のスピードを上げなければなりませんし、そのことが担当者のレスポンシビリティを高め、人材育成にもつながるのです。

とはいえ、大企業は簡単には変わりません。変化するために大事なことは、トップが強いメッセージを発信し続けることだと考えています。繰り返し伝えることで、社員がそれを信じ、言動を変えていくのです。

当然ですが、大企業にはたくさんの社員が所属しています。だからこそ、10%でもいいんです。各人のモチベーションが10%ずつ変わるだけでも、大きなインパクトを生むことにつながるはずなんです」

そして、新規事業に取り組む「同志」に対して、こんなメッセージを送ります。

森本さん「新規事業に挑戦している人にはさまざまなものが求められますが、最終的に問われるのは『大義を実現する』というパッションです。自分自身、社員の意見を聞く際は、その人の目や姿勢を見て、本気度を見極めています。経営者としてやることは、大義や方向性を共有し、本気の人の可能性を信じてBetしていくことです。

大企業で新規事業に挑戦をしている人は、パッションを持って困難を切り開いて行って欲しいと思います。その先でT2と連携ができる部分があれば、ぜひよろしくお願いします」

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