近年、大企業における新規事業・イノベーション創出が重要な経営課題となりつつも、いまだ大きな成果を上げている企業は多くはありません。TMIPは「『会社』という壁を越える」ことこそがイノベーション創出の鍵になると考え、「社内外の壁を越えて新たな価値・事業創出に取り組んでいる優れた事例」を表彰する制度「TMIP Innovation Award」を新設しました。
※「TMIP Innovation Award」開催概要はこちら
そして2023年11月30日、第1回「TMIP Innovation Award」の表彰式を開催。集まった50件のエントリーの中から、4つの優秀賞と1つの最優秀賞を決定しました。
本記事では、そんな表彰式の様子をレポート。審査結果はもちろんのこと、日本における「新規事業」を、理論面、実践面からリードしてきた3名の審査員や、受賞者のコメントにフォーカスし、「大企業発の新規事業」の未来を明るく照らし出した「TMIP Innovation Award」の一端をお届けします。
丸の内を、大企業とスタートアップの共創の場に
今回、初めての開催となった「TMIP Innovation Award」。「Marunouchi Innovation Fes.『CROSSING』」開会あいさつでは、三菱地所の代表執行役 執行役社長・中島篤さんは、開催への想いをこう語りました。
中島さん「不確実性が高く変化が激しい今の時代において、『企業をいかに成長させていくか』という問いに答えを出すのは、非常に難しいことです。その答えを見つけるべく、多くの企業が新しく、本質的な価値を創出しようとさまざまな挑戦をしています。
では、三菱地所はそのような企業に対して、いかなるサポートを提供できるか。もちろん私たち自身もイノベーションを起こし、新事業を生み出していきたいと考えています。しかし、より広い視野で考えると、『丸の内』というアセットを活用し、多くの企業がその壁を越え、パートナーとして共創に取り組める『場』を提供することこそが、私たちに求められることなのではないかと感じています。
今回のアワードに限らず、今後も丸の内というエリアからオープンイノベーションなどに関する取り組みを加速させ、日本の未来に貢献していきたいと考えています」
本アワードでは、過去5年間(2018〜2022)に大企業内で立ち上がった新規事業の中から、市場規模や革新性、社会インパクトとともに、事業創出マネジメントの仕組みや工夫など、さまざまな観点を踏まえ、次の時代を担う5事業を選びました。
審査員を務めたのは、早稲田大学大学院経営管理研究科や早稲田大学ビジネススクールで教鞭を執る入山章栄さん、ラクスルやケアプロなど、さまざまな企業の創業に参加し、現在は新規事業創出の専門家として活動する新規事業家 守屋実さん、そしてPlug and Play Japan株式会社の執行役員CMOであり、一般社団法人スタートアップエコシステム協会で代表理事を務める藤本あゆみさんです。
最優秀賞は、食物アレルギー対応のオーダーメイドサービス『matoil(マトイル)』
今回のアワードにはのべ50件の応募が集まり、その中から以下の5事業が最優秀賞候補として選定されました。
■最優秀賞候補事業一覧 ※50音順
新規事業名 : Ontennaプロジェクト
親会社名 : 富士通株式会社
代表者 : 本多達也さん
事業概要 : 音の大きさを振動と光の強さに変換伝達する装置
新規事業名 : CalTa株式会社
親会社名 : JR東日本スタートアップ株式会社
代表者: 高津徹さん
事業概要 : どこでも何でも3D化。明日を変えるインフラDX
新規事業名 : 株式会社T2
親会社名 : 三井物産株式会社
代表者 : 森本成城さん
事業概要 : 自動運転トラックを用いた幹線輸送サービス
新規事業名 : 株式会社ポンデテック
親会社名 : 関西電力株式会社
代表者 : 財津和也さん
事業概要 : 障がい者雇用によるPC再生、PCnext運営
新規事業名 : matoil(マトイル)
親会社名 : 京セラ株式会社
代表者 : 谷美那子さん
事業概要 : 食物アレルギー対応のオーダーメイドサービス
当日は、各事業の代表者が新規事業に対する想いや事業の展望を語る最終ピッチを実施。その熱いプレゼンテーションを聴いた審査員からは、たくさんの質問やコメントが飛び交いました。
厳正なる審査の結果、最優秀賞に選ばれたのは、京セラ株式会社が運営する食物アレルギー対応オーダーメイドサービス『matoil(マトイル)』でした。
『matoil』は、食物アレルギーの子どもを持つご家庭向けのミールキットの販売や、子供向けのオンライン料理教室の開催を通し、誰もが食べたいもの・食べられるものに出会い、食事を選べる「ソーシャル・インクルージョン(社会的包括)」の実現を目指すサービスです。
入山さんは、『matoil』を最優秀賞に選定したポイントとして、「事業のビジョンと収益性」を挙げました。
入山さん「まずは、『matoil』が目指すビジョン『すべての人が、同じ時間と思い出を共有できる社会』がすばらしいと感じました。今後このサービスが日本だけではなく、世界中に広がれば、多くのアレルギーを持つ方はもちろんのこと、その方々のご親族をも救える可能性があると思っています。またビジネスモデルはすでに完成しており、実際に使っているユーザーもいるため、収益性の面からも有望だと感じました」
入山さんのコメントを受け、『matoil』の発案者であり、事業責任者である谷さんはサービス開発を振り返りながら、このように喜びを表現しました。
谷さん「ビジネスの知識がないまま事業を推進していくことに不安を感じていた時期がありました。そのとき、谷本社長(京セラ株式会社 代表取締役社長 谷本秀夫さん)に『このまま事業を進めて良いか』と聞いてみたんです。
そうすると、『儲けようと思ったらうまくいかないと思うよ』と。社長には、『matoil』のごはんを笑顔で食べている子どもたちや、その親御さんの写真を共有していたんです。その写真を見ながら、『サービスを使って喜んでくださる方がいて、リピートしてくれる方がいる。まずはそこを大事にしてほしい。ビジネスのことを考えるのは、後からでも遅くない』と言われました。
その言葉をいただいてから、自信を持って事業推進に取り組めるようになりました。この場を借りて、私をサポートしてくださった京セラ社内と社外の皆さんに感謝を伝えたいと思います」
“本気の大企業”のイノベーション創出を支援していく
最後に、3名の審査員から今回の表彰式の総評が語られました。そこに込められていたのは、「大企業発の新規事業」に対する期待と、大企業とスタートアップによる共創のヒントです。
入山さん「大企業とスタートアップが共創をする際、特にスタートアップ側が『思ったより時間を要してしまう』『収益があげられるまで事業を伸ばせない』といった課題を感じがちです。
しかし最終候補に残った5つの事業には、いずれも大企業のノウハウやリソースを借り、なんとか困難を乗り越えようとする粘り強さがあり、大企業が持つ強みを生かしているという意味で『丸の内らしさ』を感じました。今回のアワードがあったからこそ、表出された事業創造の方法や共創のポイントがいくつもあったのではないかと思っています」
守屋さん「自分の名前やサービスを売るために、一生懸命に発信するスタートアップのリーダーは少なくありません。対して、大企業にはさまざまな制約があるため、せっかく素晴らしい事業を立ち上げ、推進していても発信に力を入れられず、事業やそれを推進する当事者の顔が見えなくなってしまうこともあります。これは、とてももったいないことだと感じています。
大企業で新規事業に取り組む方々にどんどん前に出ていただくことは、事業の認知度向上だけではなく、他の企業に良い影響を与えることにもつながります。このアワードのような場が増えればいいなと思いますし、大企業のみなさんにも、ぜひこういった場を活用してもらえたらと思っています」
藤本さん「大企業が看板を背負いながら新規事業を推進することには、大きなプレッシャーが伴います。もちろん、ゼロベースで始めるスタートアップの方々にも、大きな重圧がのしかかるでしょう。
だからこそ、必要に応じて手を取り合うことが大事だと思います。そして、守屋さんがおっしゃったように、今回登壇したみなさんが共創の先駆者として結果を出し、その結果や過程を発信することによって、日本にアントレプレナーシップマインドを広めていってもらいたいですね」
表彰式後には、登壇者たちが集い、事業推進上の悩みを相談したり、アドバイスを送りあったりする様子が見受けられました。
5人の登壇者たちによるプレゼンテーションや、審査員からのコメントはもちろんのこと、会場に集まった人々の間で交わされた会話や、高い志を持つ方々が集った「場の力」が、次の時代を変える新規事業の創出につながっていくのではないか——そんな期待を抱かずにはいられない表彰式になりました。
TMIPは、今後も新たなイノベーション創出のあり方を広め、日本のイノベーション創出に貢献していきます。そして、新規事業担当者が取り組む事業およびイノベーションマネジメントの努力に寄り添いながら、‟本気の大企業”のイノベーション創出を支援する取り組みを継続してまいります。
※最優秀賞に輝いた『matoil』を含む、最終候補に残った5つの事業の軌跡を伺ったインタビューを掲載しています。新規事業に取り組んだ理由から、事業推進の苦労、そして大企業において新規事業を生み出すためのポイントなど、それぞれの視点から語っていただいていますので、ぜひこちらも併せてご一読ください。
『matoil』: 当事者「だからこそ」の思い込みを捨て、真にユーザーに寄り添うサービスを生み出す
『Ontenna』: 音を「感じる」喜びを、すべての人に
『CalTa株式会社』: テクノロジーで「労働力不足×インフラの老朽化」の課題解決に向き合う
『株式会社T2』: 「大義」と「協調」が、新規事業を加速させる
『株式会社ポンデテック』: 「再生パソコンマーケットの創出」が、地球と障がい者雇用の未来をひらく