排他的経済水域や領海を合わせると、世界で6番目に広く海を保有する日本。一方でエネルギー自給率に目を向けると、その数値は約11%あまりで、残りの大半を海外からの輸入で成り立たたせている状態です。そうした実情からも、海洋資源の活用は日本にとって大きな課題の一つといえます。
では「海洋資源の持続可能な活用」と「経済発展」は、どのように両立していけばいいのでしょうか。注目されているのは「Blue Economy(ブルーエコノミー)」という考え方です。
2023年3月、TMIPはデロイト トーマツ コンサルティング 合同会社と共同で「Blue Economyサークル勉強会」を企画。海洋事業における先進企業からゲストをお呼びし、ブルーエコノミーについての理解を深め、考えるためのイベントを開催しました。
市場拡大が見込まれる「ブルーエコノミー」とは一体?
そもそも、ブルーエコノミーとはどういう概念なのでしょうか。
イベント冒頭、モニターデロイトにてブルーエコノミーコミュニティのサブリーダーを務める加藤 彰氏が、モニターデロイトが定義するブルーエコノミーやその市場規模について紹介しました。
加藤氏「地球表面積の約7割を占める『海』。ブルーエコノミーとは、そんな海の可能性を解放し、経済的価値と社会価値の両方を創造していくことを指します。言い換えると、自然資本である海を守りながら、経済成長を目指すことだと捉えています。
私たちモニターデロイトはブルーエコノミーの市場について、2030年には約500兆円の規模にまで成長し、それに伴い約1億人の新規雇用が生まれると予想しています。」(図1参照)
加藤氏「図2左側の『既に確立された分野』は、一定の規模にまで市場が成熟しており、その上で今後より拡大していくと予想される分野です。一方で右側の『新興・革新分野』はこれから成熟に向かって大きな発展が見込まれる分野を指しています。」
ブルーエコノミーの市場を構成する要素は多岐にわたるため、この表だけは網羅できていないものもあると、加藤氏は言葉を続けます。たとえば、海洋生態系に隔離・貯蓄される炭素「ブルーカーボン」などのキーワードも、主要市場を横断して近年ますます注目を集める要素の一つです。
加藤氏「これだけ多くの要素が存在する以上、ご自身が携わる事業に関するテーマ、ないしはご自身の関心に近いテーマが、少なくとも一つはあるのではないでしょうか。
日本には島国だからこそ生まれた世界観や文化があり、海はそれらの秩序形成に寄与し続けています。歴史的な親和性もあり、さまざまある自然資本のなかでも最もポテンシャルのあるものの一つであると感じています。」
講演の最後には、「海が持つポテンシャルを活かし、海洋資源の持続的活用と経済発展を同時実現する“新たな経済圏=ブルーエコノミー”の構築に、モニターデロイトとして今後も本気でチャレンジしていく」と締めくくりました。
各社のブルーエコノミーへの想い、それぞれの試行錯誤
ブルーエコノミーの定義や展望についての紹介に続き、海洋資源の活用を通じた事業開発やその研究に取り組む3名によるパネルディスカッションを実施。3名の実践内容を踏まえつつ、それぞれが同市場に期待することや課題意識などについて意見を交わしました。
■登壇者名
・国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC ジャムステック)出口 茂氏
・株式会社イノカ 取締役COO 竹内 四季氏
・リージョナルフィッシュ株式会社 事業開発 マネージャー 鳥羽 裕介氏
まずは、海洋科学技術の総合研究機関「JAMSTEC」に所属する出口氏がマイクを握り、同機関の研究・開発のなかでもメインに扱う「深海」の研究について共有しました。
出口氏「一般的には水深200メートルより深い海を『深海』と呼びます。アメリカ海洋大気庁が公開する情報によると、地球上における海全体の深さの平均は3700mだといわれているため、実際に地球の海のほとんどは深海なのです。」
こうした事実を踏まえて、出口氏は「深海はビジネスにつながる宝庫だと思う」と述べました。
出口氏「深海をビジネスにつなげると言っても、資源を掘りにいったり、新しい種類の魚を食べられるようになったりするのは難しいと思います。
そうではなくて、そこに住んでいる魚たちのくらしを考えてみる。200メートル以下の海は、常に太陽の光が届かない暗黒の世界です。では、そのような環境に住んでいる魚たちはいかにして生きているのでしょうか。いかに太陽以外のわずかな光を感知しているのでしょうか。
そのような観点から深海を見てみると、たとえば高感度のセンサーを開発する際のヒントがあるかもしれない。海洋事業以外の専門家の目で眺めてみると、実は技術開発の宝庫になりうるのです。そこが非常に面白いと思っています。」
続いて口を開いたのは、「海における生物多様性」の維持に向けサンゴ礁生態系を完全人工環境下で陸上に再現する“環境移送技術”に取り組む、イノカ取締役COOの竹内氏。
例えば、私たちが海に入る際に使用する「日焼け止めクリーム」。海に入れていいものとして認識しているものの、実際に海や魚などの生物に対してはどのような影響をもたらしているのでしょうか。同社はそのような疑問に対し、IoTやAIの技術を組み合わせたシステムを通して、海に流れ込む物質の影響について検証を重ねています。
竹内氏「環境省によると、日本は世界にあるサンゴの種類のうち半分以上が分布する『サンゴ大国』です。ただ20年後には、地球温暖化などの気候変動に伴い、サンゴ礁の70〜90%が絶滅してしまう可能性がある。私たちはそうした課題を踏まえ、海の生物多様性や、そこから生まれる経済価値を守っていくための活動をしています。
具体的には、独自の技術でサンゴの人工飼育を行い、自社開発したIoTデバイスを用いて、水槽内に海のような生態系を再現。海で実証実験をしたい方が、効率よくデータを採取したり、海に入る前の安全性を検証できたりといったメリットを生み出しています。
最近では、新規事業として藻を育てる企業と協業しながら、私たちのアセットを活用した新規事業の開発にも取り組んでいます。私たちの役目は、まだ明らかになっていない海の事情を可視化し、事業を通じ『海の多様性』に関わる社会課題の解決へつなげることです。」
最後に、最新のテクノロジーを活用し水産物の品種改良やスマート養殖に取り組む、リージョナルフィッシュ株式会社の鳥羽氏が、日本の水産業の現状を踏まえ、同事業に取り組む理由について話しました。
鳥羽氏「水産白書によると、現在の日本における漁業生産量は30年前の世界一だった頃と比べ、世界8位にまで落ちています。その理由の一つは、世界の養殖業の発展にあります。日本は島国で海洋資源に恵まれているため、いまだに漁獲に頼ってしまっているのです。
まずは日本において、陸上養殖をビジネスとして成立させること。私たちのコア技術『ゲノム編集』によって生産性の高い品種を作ることで、陸上養殖を普及させ、日本の水産業を一層盛り上げていきたいです。同時に、海をしっかり休ませることが、『海の多様性』を守ることにもつながると思っています」
現在、可食部が約1.2倍になる鯛「22世紀鯛」や、約2倍のスピードで成長するふぐ「22世紀ふぐ」など、20種類ほどの様々な品種を改良・開発を進めています。
今後について、「今はまだ生産者にとってメリットのある品種ですが、消費者にとってメリットの出るような、より美味しく栄養成分がある魚や、アレルギーがある人でも食べられる甲殻類の品種改良などにも挑戦していきたい」と意気込みを言葉にしました。
あなたの会社は本当に“ブルー”に関係ないのか?
パネルディスカッションの最後には、話題は「オープンイノベーションの実現」にまでつながっていきました。3社ともに「新しい技術を開発するため、また今後日本の水産業を発展させるためには、産官学の連携などは必須だ」と共感し、今後も力を入れて取り組んでいきたいと話しました。
本イベントではテーマに関心のある方を広く募集し、当日は約80名が参加。オンラインでの参加者を含め、「ブルーエコノミー市場のポテンシャルはどれほどなのか」「離島を中心に推進されている事例はあるのか」など、会場では多くの質問が飛び交っていました。
「本当に、あなたの会社は“ブルー”に関係ないのでしょうか?」
イベント冒頭に加藤氏が、参加者に対して投げかけた問いです。この問いを出発点としたことにより、参加者は本テーマについてより自分ごと化して考える時間になったのではないでしょうか。今回をきっかけに、今後何か新たな事業やアイデアが生まれ、イノベーションが起こるかもしれません。
今回はデロイト トーマツ コンサルティング 合同会社とTMIPが共同で開催した「Blue Economyサークル勉強会」。ブルーエコノミーについては、注目するテーマの一つとして、今後もモニターデロイトのコンサルティングサービスを展開すると共に、本サークル勉強会で議論を重ねていく予定です。
また本テーマだけではなく、TMIPでは様々な社会課題について勉強し、意見を交わす機会として「イノベーションサークル」が特定テーマごとに活動しています。各サークルの活動に興味のある方はぜひ、「入会・お問い合わせ」よりご連絡ください。