玉石混交の未上場スタートアップの中から、未来を創る企業に投資を行うベンチャーキャピタル(以下、VC)。アメリカでは8,000社以上のVCが存在する一方で、スタートアップ投資を成功させ十分なリターンを得ているのは、そのうちわずか1%にすぎないと言われています。
シリコンバレーを拠点とするSozo Venturesは、ZoomやTwitter、Coinbaseなど、今では著名となったスタートアップへの投資実績を重ねてきたVCです。その成果を生み出している要因の一つが、世界トップレベルの投資運用実績を誇るVCの裏側に精通していること。その知見を棚卸しし、体系化した一冊が、2022年3月15日に出版された「ベンチャー・キャピタリストー世界を動かす最強の『キングメーカー』たち」です。
2022年3月17日には同著の出版を記念し、Sozo Ventures、三菱地所、TMIPによる共催イベント「世界のイノベーショントレンドとVCとの付き合い方」が開催されました。登壇いただいたのは、Sozo Ventures共同創業者 ゼネラルパートナーのフィル・ウィックハムさん、同じく共同創業者 ゼネラルパートナーの中村幸一郎さん、そしてマネージングディレクターの松田弘貴さんです。イベントでは、VCによる投資の実態や世界で注目すべきイノベーショントレンドなどについて話が展開されました。
トップレベルのVCは、“プレゼン”だけで判断しない
VCの世界における原則の一つとして、「投資に成功したVCは、高い確率で次の投資も成功する」ことが挙げられると話す中村さん。そのうえで、Sozo Venturesは「投資運用実績がトップ1%のVCが投資しているスタートアップに対し、共同で投資する」と「優れた国外スタートアップと日本企業における連携を促進し、有力な投資機会を勝ち取る」の大きく二つの方法によって、スタートアップ投資を実行しているといいます。そのビジネスモデルについて、中村さんは「鵜飼いの『鵜匠』モデル」と表現します。
Sozo Venturesは投資先候補の何を見て、支援するか否かの意思決定をしているのでしょうか。中村さんは「投資先候補のプレゼンを見ただけで判断することは、滅多にありません」と断言します。
中村さん「例えば皆さんが金融機関で働いているとしましょう。その日初めて会った代表や創業メンバーによる事業プレゼンを、20分ほど聞いたとします。そのまま『今、融資をするか決めてください』と言われて、判断できるでしょうか?恐らく情報があまりにも少ないため、無理だと思います。
スタートアップへの投資でも同じです。私たちは、その企業がどのようなビジネスを展開しているのか、競合とどのような差別化が図れているのか、事業の実績はどのような状態かなど、丹念に調べたり、分析したりします。その上で、投資をするかどうか、一つひとつの機会を徹底的に吟味するのです」
松田さんは「VCが投資判断に至る実際のプロセスについては、書籍やメディアでは語り切れていない部分も多い」と話題を続けます。
松田さん「『ベンチャー・キャピタリストー世界を動かす最強の『キングメーカー』たち』の中で、ピーター・ティール率いるFounders FundによるDeepMindへの投資について触れています。
そこでは、ピーター・ティールが『DeepMindへの投資は、やらない理由はない』という一言を発したことで投資が決まったといった内容が書かれています。たしかにそれも間違いではない一方で、その一言の裏側には世界中の機械学習カンファレンスに参加したり、有名教授やスタートアップの論文を読み漁ったりといった、入念な下調べが積み重ねられています。まさに、優雅に見える白鳥が水面下で必死に足を漕いでいるように、世界トップレベルのVCでも必死に、緻密に努力を重ね情報収集に力を注いでいるのです」
中村さんと松田さんは、実績のあるVCの見分け方についてもその要諦を説明します。
中村さん「実績のあるVCかどうか見分けるためには、『いつ、いくらで投資し、どれほどのリターンを得たか』を確認することが欠かせません。
著名な企業に投資をしていたとしても、ベンチャーキャピタルによっては、上場からしばらく経ってから投資をしたり、IPO直後のセカンダリーで慌てて投資したりしている場合もある。中には、上場した後の株式を小口で購入し、『有名な会社の投資家です』と公表することもあります。
『有名なスタートアップに投資をしている』と宣言していたとしても、必ずしもそのVCに“実績”があるとは限りません。また、情報開示が不十分ではないかという観点も、そのVCが信頼できるかを判断するうえではポイントの一つになります」
松田さん「『どのタイミング』で『どのような条件』で投資をしたのか。投資家としてそのVCが本質的な実績を持ったかどうかを知るためには、ポートフォリオを見るだけでなく、その裏側やプロセスについて情報収集したり、直接聞いたりすることが重要です」
VCの“投資パフォーマンス”は、経済状況に依存しづらい
昨今は、新型コロナウイルス流行の影響や、ウクライナをめぐる世界情勢の変化により、経済活動の縮小や変動の幅がより大きくなっています。一見すると「ベンチャー・スタートアップ投資の風向きも決して良好とは言えないのでは?」と思える状況です。しかし「事実は全くそうではない」と中村さんは話します。
中村さん「上場株を所有しているベンチャーキャピタルを除き、現在の経済状況によってパフォーマンスが著しく低下しているVCは、1社もないと言えるのではないでしょうか。なぜなら、VCが投資対象としているのは、未上場のスタートアップがほとんどであり、イグジットなどを通して投資の成果が現れるには、最低でも7〜10年ほどかかるからです。
むしろ、経済が活況ではない方が、VCにとって好条件で投資できる機会も増えやすい傾向にあります。“勝ち組み”と呼ばれるVCは、こうした状況下でこそ優れた投資パフォーマンスを発揮し、より大きな成果を収めているはずです」
ここまで話されてきた特徴と合致する「世界トップレベルのVC」は、現在どのようなトレンドに着目しているのか。中村さんはその一つとして「フードテック」について紹介しました。
中村さん「フードテック領域は、生産規模の拡大に伴うコストの削減が難しく、世界を見渡しても、中長期で突出した成果を収めるスタートアップがほとんど生まれていない状況です。その上で、私たちがいま注目しているのが、植物由来のミルクを作るEclipse Foodsという会社です。
一般的に、植物由来のミルクと聞くと、アーモンドミルクやカシューナッツミルク、オートミルクなどを思い浮かべるのではないでしょうか。しかし、それらには一つ欠点があります。それは、材料を植物に依存し過ぎるがあまり、生産や栽培、運送などを通して、多大な環境負荷を生み出していること。
Eclipse Foodsは、特別な加工技術を使ってデンプンをミルクにできるため、世界中で生産でき、先に述べたような環境負荷の問題もクリアしています。拡大生産と安定供給、そして環境保全における課題を“食”を通して解決する企業として、世界トップに並ぶVCからも期待を集めています」
日本からイノベーションを起こすには、企業・大学・政府の協力が必要
世界に目を向けると、アメリカを中心にグローバル規模で様々な革新を起こすスタートアップが次々に誕生しています。イベント終盤の質疑応答では、「今後、東京がよりグローバルなエコシステムとして発展し、日本発のグローバル規模でのイノベーションを創出するには何が必要でしょうか」といった質問も投げかけられました。
フィルさんはこれに対し「大企業や大学、政府といった存在と、スタートアップがオープンかつフェアに付き合っていくことが肝になる」としたうえで、回答を続けます。
フィルさん「以前に比べ日本、特に東京を拠点に活動する大企業は、スタートアップとの協働に対しより積極的な姿勢を示している印象です。また、大学に目を向けると、より優れたリーダーシップを発揮し、オープンイノベーションを主導するキーパーソンも増えているのではないでしょうか。
加えて、日本の政府は多くの補助金をスタートアップに配るなどし、サポートに対して非常に協力的な姿勢を見せている。今後はこうした支援を分散させるのではなく、成長が見込まれる特定の企業により集中する形で行うことで、日本全体におけるイノベーション創出も底上げされるのではないでしょうか」
フィルさんが話す「産学官とスタートアップのオープンでフェアな関わり」において、エコシステムにおける鍵となるのが、VCであると言えるかもしれません。優れた国外スタートアップと日本企業の連携を促進するSozo Venturesもまた、今後ますます日本、ひいては世界において、イノベーション創出の活性化を担う存在と言えるかもしれません。