異業種3社によるスピーディな事業共創——ディスプレイ一体型ミラー『ミラリア®』を活用した新しい事業の可能性

本多 正尭

本多 正尭

三菱HCキャピタル株式会社 経営企画本部 デジタル戦略企画部 デジタル推進グループ 課長代理

2024年より三菱HCキャピタルを起点とした大企業同士のオープンイノベーションを通じた新規事業創造チーム(CLAP)に所属。既存ビジネスであるリース・ファイナンスを中心とした事業ポートフォリオの変革実現に向けた、高付加価値サービスへのシフト・新規事業の開発をパートナー企業とともに推進。

藤城 留美

藤城 留美

AGC株式会社 建築ガラス アジアカンパニー 日本事業本部 新市場開拓部 営業開発部 マーケティングリーダー

2019年頃より、ディスプレイ一体型ミラー「ミラリア」のマーケティング、及び、営業を担当。本プロジェクトも含め、ミラリアを活用した新規ビジネス、新規顧客開拓に従事。

五十嵐 稔

五十嵐 稔

株式会社ジェイアール東日本企画 メディアソリューション本部 デジタルサイネージ事業局 開発業務部長

1980年生まれ、2003jeki新卒入社。
交通媒体局で新規媒体開発や広告会社への企画提案業務に従事したのち、メディアプランナーやJR東日本担当営業などを経験。
2012年からは新潟支社にてローコスト型車内ビジョンの商品化や駅改良工事と合わせたサイネージのコンサルティング、モバイルオーダー型車内販売システムの開発・特許取得などを行った。
2022年7月のデジタルサイネージ事業局発足に合わせて現職に着任。
ディベロッパーや他交通事業者などのデジタルサイネージ導入のプランニングからシステム開発、収益化までトータルでサポートしている。

畔上 泰彦

畔上 泰彦

TMIP事務局

ゼネコンの技術研究所にて気候変動が建物や街に与える影響に関する研究や街区内での人の行動選択に関する研究に従事。2023年より     、大企業を中心とした新規事業やイノベーション創出のためのオープンイノベーションプラットフォームTMIP(Tokyo Marunouchi Innovation Platform)の運営を担当。主に大企業・スタートアップ・大学との実証実験を推進。博士(理学)

「共創」というワードへの注目度が高まり、業種、業界の枠を超えた協働によって新規事業を創出しようとする企業が増えています。昨今では共創活動に乗り出す大企業も目立ち始め、複数の大企業がシナジーを生み出す事例も目にする機会が増えました。

しかし、一般的に強固なガバナンス体制を敷く大企業はスピード感に欠け、こと複数企業にまたがる共創活動においては、迅速なプロジェクト進行を実現しにくいというイメージがあるのではないでしょうか。

そんな中、TMIPスタンダード会員である3による共創プロジェクトは、20248月の発足からわずか半年でPoCの実施にこぎ着けました。プロジェクトに参加したのは、三菱HCキャピタル株式会社(以下、三菱HCキャピタル)、AGC株式会社(以下、AGC)、株式会社ジェイアール東日本企画(以下、jeki)の3社です。

プロジェクトの内容は「AGCが開発したディスプレイ一体型ミラー『ミラリア®』を活用した、新規事業の開発に向けた実証実験」。本記事では、三菱HCキャピタルの本多正尭さん、AGCの藤城留美さん、jekiの五十嵐稔さんに加え、TMIP事務局の畔上にインタビューを実施。プロジェクト立ち上げの経緯や実証実験に至るまでの道のりと今後の展望、そして大企業による共創活動をスピーディに進めるためのポイントを伺いしました。

新製品の魅力を伝えるための「事業共創」という選択

このプロジェクトの発足のきっかけとなったのは、AGCの新製品『ミラリア®』の発表を控えた20239月、本製品のマーケティングリーダーでもある藤城さんがTMIP交流イベントに参加したことでした。

『ミラリア®』の最大の特長は、ミラーとして鏡像を写し出す機能を果たすと同時に、映像コンテンツを投影することができること。藤城さんはこの「ミラリア®」の魅力を最大限引き出すための共創相手を探していたと言います。

『ミラリア®』の設置の様子©AGC Inc.

藤城さん「『ミラリア®』は映像コンテンツを投影することで初めて真価を発揮するプロダクトです。素材メーカーであるAGCとしては、製品単体で機能していた従来の当社製品とは一線を画すもの、という意識は強くありました。

そんな『ミラリア®』の魅力を広く伝えるためには、この製品を活用したサービスを考える必要があると思ったのですが、さまざまな素材を製品として販売してきた私たちには、『製品を活用したサービス開発』に関する知見がありませんでした。

そこで、新規サービスを一緒に考えて下さるパートナーを探そうと。そのような意図を持って参加したTMIPの交流イベントで三菱HCキャピタルのみなさんとお会したことで、このプロジェクトが動き出しました」

AGC株式会社 藤城留美さん

三菱HCキャピタルは、20214月に三菱UFJリース株式会社と日立キャピタル株式会社の経営統合によって誕生しました。リース・ファイナンスに加え、データ・アセットの潜在価値を最大限に引き出しつつ、それらを活用したサービスや事業経営などに取り組むことで、「ビジネスモデルの進化、積層化」をお客さまと共に進めています。

そんな三菱HCキャピタルとの交流が生まれたその場で『ミラリア®』の概要を伝え、新規事業の共創を持ちかけた藤城さん。この製品に大きな可能性を感じた三菱HCキャピタルの本多さんは、事業共創の可能性を探ります。

同社が提案したのは、『ミラリア®』を「広告メディアとして活用する」というアイデアです。このアイデアを形にすべく、本多さんが新たなパートナーとして声をかけたのが、交通メディアを中心とした広告枠の販売を行う媒体社であり、コンテンツ制作も手掛ける総合広告会社jeki でした。

本多さん「私たち三菱HCキャピタルは、大企業同士のオープンイノベーションを通じた新規事業創造チーム『CLAP』を立ち上げ、さまざまな顧客が持つ強みと当社のケイパビリティを掛け合わせた共創を生み出す活動をしています。jekiさんともその活動を通じて交流を持っており、近年は特にデジタルサイネージ広告に力を入れていることを把握していました。

『ミラリア®』のデモ機を拝見するために展示会にお伺いした際、jekiさんと協力してデジタルサイネージ広告の媒体として活用するのはどうか、と藤城さんに打診したところ、ぜひ実践してみたいと前向きなお答えをいただけました。その場で、すぐにjekiの五十嵐さんにお電話しました」

三菱HCキャピタル株式会社 本多正尭さん

『ミラリア®』が切り拓く、「執務エリア内広告」の可能性

本多さんは、デジタルサイネージ広告の媒体として『ミラリア®』を活用する上で、オフィスビル、とりわけ入居する企業の執務エリアでの広告展開を念頭に置いたビジネスモデルを構築。「デジタルサイネージ広告メディアとして活用する場合、『設置場所』が広告効果を大きく左右する」と考えた本多さんは、競合相手が少なく、広告にとってのブルーオーシャンであるオフィスビルと企業の執務エリアに目を付けたのです。jekiの五十嵐さんが関心を持ったのは、このビジネスモデルでした。

五十嵐さん「そもそも、オフィスビル内で広告を展開することは容易ではありません。みなさんがお仕事されている中で広告を掲出すること自体が受け入れられにくいですし、入居企業にとっての競合他社の広告は掲出できない場合もある。これまで我々が携わった事例でも上手くいったケースはあまりありませんでした。

オフィスフロアの内側、つまりは各社の執務エリアに広告を掲出するのはなおのこと難しいと考えていたのですが、『ミラリア®』は鏡としての機能もあり、たとえば執務エリア内にあるトイレなどに設置しても違和感を持たれることはなく、自然な形で広告に触れてもらえる可能性があると感じました」

株式会社ジェイアール東日本企画 五十嵐稔さん

そうして、広告業に関する幅広い知見と経験を備えたjekiの協力を得たことで、ビジネスとしての検証を進める素地が整い、プロジェクトは次のフェーズであるPoCに進んでいきます。

当然ながら、PoCを実施するためには『ミラリア®』を設置する「場所」が不可欠です。しかし、「こういった実証実験は、適切な場所で実施することが重要な要素ではあるものの、場所の選定や調整がうまくいかず、プロジェクトがスタックしてしまうことが多い」と五十嵐さん。3社が参画するTMIPでは事業創出に向けたアセットの提供サポートもしていることから、丸の内エリアの就業者に向けたオフィスでの実証実験ができないかと相談します。

本プロジェクトを担当しているTMIP事務局の畔上は、本多さんからPoC実施の相談を受けたときのことをこう振り返ります。

畔上「実はAGCさんから『ミラリア®』をご紹介いただいた際、この製品の機能をいかすためには、広告会社との協力が必要だと私たちも考えていました。

TMIPの交流イベントをきっかけに、同じような座組の新規事業の可能性をみなさんが検討していることを知り、すぐにみなさんのアイデアをキャッチアップできましたし、PoCの実現に向けた場所の調達と調整もスムーズに進められました」

TMIP事務局 畔上泰彦

さまざまな調整を経て、最終的には新丸ビルでのPoC実施が決定。五十嵐さんは「TMIPさんがスピーディに場所を用意してくれたことで、プロジェクトの進行に弾みがついた」と振り返ります。

立ち上げから半年というスピードでPoCの実施にこぎ着けられた理由

プロジェクトが始動してからPoCの実現に至るまでにかかった時間はわずか半年AGC、三菱HCキャピタル、jekiと各業界を代表するつの大企業による協業であるにもかかわらず、これほどスムーズにプロジェクトが進んだ要因について、旗振り役を担った本多さんはこう振り返ります。

本多さん1つはプロジェクト発足当初から、各社の強みがいきるビジネスモデルを描けたことです。先ほども申し上げたように、弊社は新規事業創出専門の組織「CLAP」を立ち上げてさまざまな企業の強みと当社のケイパビリティを掛け合わせた新規事業のアイデアを自ら練り、共創を生み出しています。

このプロジェクトにも、その活動を通して得た知見がいかされています。ご協力いただいたjekiさんにも『自社のケイパビリティを発揮できるかどうか』というシンプルな観点から参画の判断をいただけたのではないかと思います。

そして、実際にそのケイパビリティが発揮されたことによって、プロジェクトがスムーズに進んだと考えています。jekiさんがPoCに協力いただく広告主さまを、TMIPさんには場所をスピーディに用意していただきました。

そしてもちろん、このプロジェクトはAGCさんの『ミラリア®』抜きには語れません。各社がそれぞれの知見とアセットを効率よく活用することによって、早期にPoCを実現できたのだと考えています

2025年1月に始まったPoCでは、新丸ビルの三菱HCキャピタルとAGCそれぞれが入居するフロアにある男性・女性トイレに『ミラリア®』を一面ずつ、計4台を設置。天気・ニュース情報やビルからのお知らせと共に、PoCに協力するカネボウ化粧品の男性向けスキンケア製品、女性向けヘアメンテナンス製品の広告が掲出されています(2025121日から228日まで実施予定)。

『ミラリア®』に広告が掲出されている様子。鏡としての機能を損なうことなく、広告を届けることができる

『ミラリア®』が広告にまつわる課題の突破口になる?

今回の実証実験は、『ミラリア®』の広告媒体としての機能を検証することを目的に実施されました。長年広告事業に携わってきた五十嵐さんは、広告はネガティブな印象を抱かれてしまいがち、と前置きしながら「『ミラリア®』がデジタルサイネージ広告掲出の手段として向いているのかどうか。それを判断するのがこのPoCの中で一番難しく、興味深いポイント」だと話します。

五十嵐さん「今回のようなOOHOut Of Home)広告は基本的に場に合わせて掲出されるので、人の生活に馴染んだ形で自然に広告が視線に入ってくる。そのため、むしろ人々から愛される広告になる場合があります。たとえばコンサート会場でライブがある日に、出演アーティストがキャスティングされたサイネージ広告が流れると、ファンの皆さんが広告と一緒に写真撮影している姿も見られるんですね。

『ミラリア®』の場合もその場に適した広告を投影することで、多くの人々に受け入れられる可能性があると考えています。今回コンテンツとして天気予報やニュースなどを投影することを選んだのは、就業者にとって役に立つ情報だと考えたからです。

またトイレタリーや美容品のような空間の品質を落とさない広告を選出する必要があると考えていたので、出稿いただく企業についてもかなり慎重に検討しました」

本多さんは、PoCの目的である「『ミラリア®』の広告媒体としての効果検証」からさらに踏み込んで「実際にオフィス空間でサイネージ広告が機能するのか、広く受け入れられるのかを実証したい」と話します。またその効果検証の上で重要なポイントとして「就業者の反応をしっかり把握すること」を挙げています。

本多さんjekiさんからの受け売りではありますが、広告運用で一番大事なのはネガティブな意見や反応に目を向けることです。ただ『ミラリア®』は鏡としても、広告映像を投影する媒体としても優れていますし、否定的な反応は出にくいと予想しています。

否定的な反応が少なければ、広告出稿を検討してくれる企業も増えるはずですし、そういった企業が増えれば、事業として成立するはずです。今後、こうした検証項目を盛り込むことも検討しています」

1月にスタートしたPoC2月末まで続き、その後アンケート結果の分析や、広告主の評価の確認といった効果検証を経て、5月から第二期として新たな実証が行われます。第二期ではコンテンツの変更や音声の有無の効果検証などを予定しているという。

大企業同士の協業だからこそ、到達できるスピードがある

今回のプロジェクトから大きな手応えを得たという藤城さんは、「できれば同じような方法で、他の企業さまとの協業も広げていきたい」と大企業同士の協業そのものに期待を寄せています。

藤城さん「当社は素材メーカーですし、製品そのものを提供する立場です。そのため、製品に付加価値を生み出すためには、製品をサービスの一部に昇華させるための知見を持ったパートナーが必要になる場面が出てきます。

もちろん『ミラリア®』についても、今回の共創プロジェクトだけで満足しているというわけではないので、新しい用途やサービスという形で、別の会社さまと何かをやるということも十分考えられます。ご一緒できる会社さまと巡り会えることを楽しみにしています」

「大企業同士が新規事業を共創しても、なかなか事業が前に進まないのではないかと思っていた」という本多さんは、今回の取り組みを経て「大企業同士が連携することでしか実現できないスピード感があることに気が付いた」とし、こう言葉を続けました。

本多さん「先程もお話した通り、当社は自らビジネス構想の絵を描き、当社と大企業の共創に価値を生み出していくことを意識した新たなチーム「CLAP」を立ち上げました。大企業が有する高い技術力や歴史に裏打ちされた深い知見・ノウハウをいかした今回のプロジェクトは、そのチームとしても成功事例の第一弾になると思っています。

今回のPoCでもビジネスモデルの構想、アセットの用意、広告主の獲得、場所の提供などを通して、大企業が力を合わせるからこそ実現できるスピード感や規模感があると実感できたので、これをきっかけに今後もたくさんの大企業の皆さんと共創活動を推進していきたいです」

口々に充実感とプロジェクトの円滑さを物語るみなさんに「とはいえ、苦労もあったのではないか」と水を向けると、「本当に苦労した覚えがなく、驚くほどスムーズに進んだ」と藤城さん。「メンバーに恵まれたと思っている」とその理由を答えた藤城さんに応じるように、五十嵐さんから「各社がTMIPというコミュニティに参画し、プロジェクト発足前からコミュニケーションを重ねていたことがスムーズな進行につながったのではないか」という声があがりました。

五十嵐さん「仮に今回のプロジェクトと同じような座組で、似たアセットを保有する3社が集まったとしても、必ずしも今回のようにうまく事が進むとは限らないと思います。

今回のプロジェクトで重要だったのは、スタート時点から各社が同じ方向を見ていたことなのではないかと。では、なぜまったく異なる業界に属する3社が最初から同じ方向を向けたのかと言えば、TMIPという場を活用して、日頃から相互理解を深めていたから。事業共創においては、こうした関係性を構築していくことがとても大事だと痛感しました」

この言葉に、畔上もうなずきながら「プロジェクト発足前から関係を構築していたからこそ、ざっくばらんに意見を交換し合うことができ、人となりも理解していたから、それぞれが言わんとしていることを把握できていたように思います」と言葉を加え、こう締めくくりました。

畔上「私たちTMIPはスタートアップのみなさんと協力する機会ももちろん多くあります。スタートアップの皆さんとご一緒する際もスピード感を持って事業に取り組めるのですが、今回大企業のみなさんと協働できたことで、大企業には経験値や現場感だけではなく、スピード感も備わっていることを強く感じました。

ただ、それでも足りない部分があるからこそ、複数社が集まる意味がある。各社がアセットを提供し合い、フラットな関係性を築いていくことで、新規事業をもっと上手く推進していくことができるはずだと確信しています」

Mirroria Bridge Projectの詳細についてはこちら▼

参考)
プレスリリース(2024/8/5
三菱HCキャピタルと AGC がデジタルサイネージ広告に関する協業を開始―ジェイアール東日本企画と連携し、新規事業の開発を推進―

プレスリリース(2025/1/21
三菱HCキャピタル、AGC、ジェイアール東日本企画がデジタルサイネージ広告に関する新規事業の開発に向けて実証実験を開始―新丸ビルでオフィス内サイネージ広告の効果を検証―

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