業界の構造自体にアプローチできるのは大手ゼネコンだからこそ。そこにチャンスと責任がある——「TMIP Innovation Award 2024」最優秀賞:竹中工務店『Archi-Hub』

藤井 康平

藤井 康平

株式会社竹中工務店 技術本部

1987年生まれ、一級建築士、一級建築施工管理技士、3児のパパ。代々建築事業を営む家系に育ち、幼少期から現場を遊び場として育つ。15歳で建築の道を志し高専に入学、20歳で(株)竹中工務店に入社。以降、施工管理、受注支援、施工計画、教育、現場DX等を幅広く経験。創業400年を超える同社で2回目となる社内ビジネスコンテストが開催され200提案の中から1位を獲得し、2023年よりリユース事業「Archi-Hub」を推進。2024年のサービス開始から1年経過した現在、事業投資ゼロ、会社による利活用アナウンス前の状況でサービスのMAU110人、月間PV1100件、GMV8000万円を超え現在も成長中。国内外の建材・設備メーカー・リサイクル企業・クリエイターと連携を深めている。

大企業の新規事業創出支援や大企業とスタートアップ、産・官・学・街との連携で事業創出を目指すオープンイノベーションプラットフォームTMIPTokyo Marunouchi Innovation Platform)。昨年に続き、大企業がオープンに新規事業に挑戦する社会を目指し、大企業発の新規事業創出を表彰する「TMIP Innovation Award 2024」が開催されました。

過去5年間に立ち上がった新規事業の中から、市場規模や革新性、社会課題の解決に対する姿勢など、さまざまな観点を踏まえ、次の時代を担う大企業発の新規事業を評価します。2024124日、最終選考に進んだ5つの事業によるピッチを経て最優秀賞、優秀賞、日経ビジネス賞、オーディエンス賞を決定しました。

最優秀賞に選ばれたのは、株式会社竹中工務店の社内新規事業として立ち上がった、企業の遊休資産のリユースを仲介するプラットフォーム『Archi-Hub(アーキハブ)』です。本記事では『Archi-hub』を立ち上げた藤井康平さんをお招きし、資源のエコシステムを構築に向けた取り組みに挑むまでの経緯や、大企業のイントレプレナーとして乗り越えてきた葛藤、その先に見据えている建設業界の未来について、詳しくお話を伺いました。

不動産・建設現場のゴミ問題、実は宝の山?

Archi-Hub』は、企業が抱える遊休資産を全国の建築プロジェクトに届ける仲介プラットフォームです。不要な建材や機材などを保有する現場と、それを必要とする現場をつなげることで、新築の建設コストを下げながら資源の廃棄を抑制。カーボンニュートラル対策も推進できるサービスとして、2023年より竹中工務店で試験的に運用がスタートした社内新規事業です。

この事業の立案者である藤井さんは、代々建築事業を営む家庭に生まれ、高専の建築学科を卒業後に竹中工務店に入社。その後、現場監督や受注・設計業務、組織改革やDX推進など、建築業の上流から下流に至るまで、多岐にわたって業務経験を積んできました。

そんな現場の状況と業界の仕組みを熟知した藤井さんが、これから解決すべき課題として目をつけたのが「リユース(再利用)」です。

藤井さん「オフィスの引っ越しや解体工事の現場では、イスや机などの備品やまだ使える照明、一度も使っていない防災設備や、取り外した建材など、非常に多くの資源が捨てられていきます。これが個人の引っ越しであれば『使えるものはフリマアプリに出そう』などと考えるリユース思考が一般的になってきましたが、企業ではこうしたリユースに消極的なのが現状です。

なぜなら、廃材量に対して、リユース引受先が極端に少ないから。そのため、廃棄する企業はもったいないと思いつつも引受先を探すことができず、まだ使えるものをリサイクル、あるいは廃棄処分してしまいます。

『使えるものを捨てる』企業の当たり前を変えるためには、企業間で中古品を有効活用したくなる仕組みをつくればいいと考えて立案したのが『Archi-Hub』の事業構想です」

株式会社竹中工務店 技術本部 藤井康平さん

現場を知る強み、足で稼いだ強固な信頼とネットワーク

藤井さんが『Archi-Hub』の構想を立ち上げたそもそものきっかけは、400年を超える歴史を持つ竹中工務店が開催した、創業以来2回目の社内ビジネスコンテストです。それまで建設現場を中心に働いてきた藤井さんにとって、新規事業開発は未知の領域でした。しかし、長い期間さまざまな現場を見てきた藤井さんの頭には、「もっとこうすればいいのに」「ここが変われば業界全体がよくなるのに」といったアイデアがストックされていました。

藤井さん「常に目の前の仕事にやりがいは感じていましたが、状況を大きく変えるようなチャレンジをしたいという願いは、昔からずっとありました。このチャンスを逃したら、これまでのアイデアや業界を良くしたいという想いは日の目を浴びることはない。今こそ勝負所なのではないか……そう思いました。

通常の業務も多忙ではあったため、コンテストまでの3カ月間は退勤してから自宅近くのファミリーレストランに通って、毎日閉店まで新規事業の案出しとブラッシュアップを続けました。ざっとアイデアは30ほどあったのですが、最終的に提案できるようなレベルにまで詰められたのは5つほどで、そのうち最も筋がよく思えたのが『Archi-Hub』の構想でした」

熱意を込めた『Archi-Hub』の提案によって、藤井さんは社内ビジネスコンテストで、200以上のエントリーの中から仲間と共に見事1位を勝ち取ります。「これで新規事業づくりに挑戦できる」と思った藤井さんでしたが、待ち受けていたのは、ゼロからのスタートでした。検討体制、所属、予算付けなど、何から何まで自ら切り開いていく必要がありました。

スタートラインすら用意されていない……でも文句を言っていても進まない。そう感じた藤井さんは、社内ビジネスコンテストの評価を後ろ盾に、関係者に想いを何度も伝え、ひとまず『Archi-Hub』の事業化に専念できる環境を手に入れました。

その後も困難は続きます。定期的に事業計画を報告するも「総論賛成、各論反対」の状況が続き、半年間ほど進捗が停滞する状態が続きます。そこで藤井さんは「プランで説得できないなら、まず実績をつくろう」と、大胆に動き出します。

藤井さん「私の強みは、これまで培った現場経験と、受注段階からアフターサービスに至る建築プロセスを幅広く経験してきたことです。それを生かし、全国各地のプロジェクト責任者や、部門責任者に直接アポを取って、『(『Archi-Hub』を)試して、ご意見いただけませんか』と提案しにいきました。そこで興味を持ってもらった人たちを集めてコミュニティをつくり、手数料は取らずに資材のリユース仲介を始めたんです。

見切り発車で多少不安はありましたが、当初から事業部長・現場作業所長にはおおむね好評でした。コミュニティのメンバーは徐々に増えていき、現在では作業所長を中心に500名を超えています。予算無し・会社からの利活用アナウンス無しの状況からスタートした取り組みでしたが、多くの協力者に恵まれ、試行開始1年でGMV(流通取引総額)で8,000万円、総重量で約80トンのリユースを実現しました」

40年間結婚式場を照らしたシャンデリアが丸の内のオフィスに新たな光を灯す

この成果には役員からも強い関心が寄せられ、「この時初めて『Archi-Hub』の必要性が認められたと感じた」と藤井さん。多少強引にでも実績をつくってきたことが功を奏し、現在は多くのメンバーに支援されながら、事業推進ができているそうです。

外部の評価は「社内の説得材料」と「諦めない心の支柱」

社内でなかなか理解を得られなくても、藤井さんは『Archi-Hub』の可能性を信じて、地道に実績を積み重ねてきました。予算も人員もない厳しい状況が続いたにもかかわらず、どうして途中で諦めずに、ここまで事業を牽引し続けられたのでしょうか。

藤井さん「原動力のひとつは、外部からの評価ですね。最初のきっかけとなった社内ビジネスコンテストで、外部の審査員の方から『とても筋がいい、これは横綱相撲が取れる事業だ』と高く評価してもらえました。また、別の機会でとある経営者から『いざとなったら出資するから頑張って』と声をかけてもらえて。

前を走っている方々からいただいた言葉は本当に心の支えになっていますし、そういった外からの評価を積極的につくっていくことが、社内でのプレゼンスを高めていくことにもつながっているなと実感しています。今回、TMIP Innovation Award 2024に参加したのも、社外での評価を得て『Archi-Hub』の成長を加速させていきたいと思ったからです」

そして、『Archi-Hub』はTMIP Innovation Award 2024において、見事に最優秀賞を受賞しました。

最終選考会・表彰会で実施されたピッチは、グラフィック・クリエイター 春仲 萌絵さんによってリアルタイムでグラフィックレコーディングにまとめられた

特別審査員を務めた早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄さんからは、藤井さんと会場に詰めかけた竹中工務店の方々に向けてこんなメッセージが送られました。

入山さん「社会的価値のある大企業発新規事業をぜひ周囲のサポートを受けて成長させてほしいです」

入山さんからのコメントを受け、藤井さんは「最優秀賞を頂けたことを大変嬉しく思います。また同時に、ここからが新たな挑戦の始まりだと感じています。建物から廃棄される建材や家具などを建築プロジェクト間でリユースする新たな商習慣を生み出すことで、150年続くスクラップ&ビルドの建築文化に変革を起こしていきます。」と、受賞の喜びとこれからの決意を語りました。

藤井さんは今後、リユース可能なアイテムを拡大するために、他ゼネコンやメーカーと協業して、さまざまな設備を取り外すための技術開発や製品開発にも取り組んでいきたいと意気込みます。

藤井さん「建物に存在する資源の多くは、取り外すことが容易ではありません。将来、柱や梁といった構造体や、大型設備までさまざまな資源をリユースできるようにするため、今後は長く使える技術を磨くだけでなく、再利用しやすくするため『取り外す』ための技術を開発する必要があります。

未来の解体までを視野に収めて、建築物を創る。そんな次世代に向けた取り組みにチャレンジできるのも、大手ゼネコンならではと考えています。

これからArchi-Hubに関わる人たち全員で力を合わせれば、建設業界の未来はきっと明るくなるはずです。そのために私は、これからも全力を尽くしていきます」

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